研究活動・親睦

各地の声・各地のイベント

各地のイベントから(会報165号)

各地のイベントから
「国文祭・芸文祭 みやざき2020 さきがけプログラム『現代詩の祭典』を終えて」 
 大会実行委員長兼事務局長
             谷元益男

真田亀久代氏「鬼の洗濯板」のワンシーン


 一昨年(令和二年)となるが、第三十五国民文化祭・みやざき2020、第二十回全国障害者芸術・文化祭みやざき大会さきがけプログラム『現代詩の祭典』が宮崎市民プラザオルブライトホールで開催された。その時期も「新型コロナ」が蔓延し暗雲がたちこめる中で、わずかな合間を縫って足掛け二年を費やした歳月を凝縮させての大会となった。
「ひむか 土地からの声」をメインテーマに高齢化と共に疲弊していく土地やそこに息づく山村の人々に焦点をあて、決して消え去ることのない〈土地の魂〉を呼び覚まし、その〈声〉を聞くのが根底にあった。この問題は全国の山間地における喫緊のテーマで、いまや大都市との二極化は益々激化するばかりである。
 応募された詩作品は、小学生、中・高生、大学生を含む一般部門に宮崎県内はもとより全国から総数千百五十一篇の作品が寄せられ、苛酷な状況ではあったが多くの方々に協力を仰ぎ大変うれしく、また入賞したどの詩作品もレベルが高く驚嘆した。特に一般の部で「文部科学大臣賞」に輝いた青森県の和井田勢津さんの「切手」という作品は、東日本大震災をベースとした大変優れた作品で、強く記憶に残る詩であった。他にも優れた作品が多く小学生の作品にも共感した。
 岡島弘子氏を審査委員長に中井ひさ子氏、松村信人氏、若山紀子氏そして私の5名で最終審査を行ったが白い紙を焦がすほどの白熱で、コロナ禍の影響で困難を極めながら最終的な決定に至った。
 大会の遂行においては「宮崎県詩の会」役員及び会員、有志で立ち上げた実行委員の並々ならぬ努力と熱意で会場は三密を避けるため観客こそ若干少なかったが、神楽、映像、演劇、群読、講演と熱気と臨場感に包まれた。『現代詩』が我々に与えるもの、また共有することによって支え確信できることを改めて確認したように感じられる。大会開催にあたり作品を応募して頂いた多くの方、大会に携わっていただいた関係者全ての方々に感謝の意を表したい。

現代詩の祭典 受賞者
小学校の部
伊丹璃子、齋藤悠一郎、菊池梨花、山本 芹、中島穂波、野村悠太郎、橘田志道、谷川茉優、菊池紗央理、上野桃佳

中高生の部
馬渡愛莉、藤﨑奏多、金丸千夏、守田葉梨、南 龍之輔、内村真彩、萩野成美、平田友華、佐藤元美、川野くるみ

一般の部
和井田勢津、大西久代、村尾イミ子、田村全子、木村孝夫、三尾みつ子、小野ちとせ、高田数豊、上田由美子、宇宿一成

大分県詩人協会が詩集・同人誌の作品を紹介するホームページを開設されました。
この件については、大分県詩人協会事務局長の工藤和信氏にご連絡ください。
大分県詩人協会ホームページ

https://oita-shijin.jimdofree.com/

会報では詩人会のHPをご紹介させて頂きますので、お知らせください。


岩手詩祭2021
  岩手県詩人クラブ会長 照井良平

講演する 菊池唯子氏


 本年度の岩手詩祭は緊急事態宣言下のコロナ禍で開催が危ぶまれたが、感染の下火により2021年10月24日に「大地の呼吸にいのちの詩」をテーマに無事開催することができた。
 詩祭の第1部では岩手県詩人クラブ副会長で日本現代詩人会の会員でもある菊池唯子氏の「詩の発想について」と題しての講演がなされた。
 その内容は、初めに、詩の書き手は書き手である前に読み手でもある。この書き手と読み手の狭間にある詩をどのような視点で捉えるか、の問題提起。
 具体的には、詩語を単なる言葉としてではなく、詩の言葉としてどのように読んだらよいのか。また、詩を読んだとはどういうことか。読み手の側から分析していくと、作者がどんな仕掛けで書いているのか見えてくる。つまり、読み手の側からみた「詩の発想」はどうなっているのか。といった問いかけで参加者を引きつけ解説にはいった。
 例として村野四郎の作品「鹿」、高田敏子の「小さな靴」をとりあげ、詩の空間を体験しながらの詩の構成、比喩、対比、擬人化などを検証し、読み手を意識している点などを探っていくと見えてくるところがある。としてそこから書き手側の発想をあらためて確認していこうとする講演は、聴き手の参加者に質問したりの、教師経験を生かした聴衆(授業)参加型の共に学び合う手法を取り入れた講演で、参加者もよく理解できた。と講演後の会話の中にそんな好評の声も出ていたほどである。このようにして詩作方法の詩作道具を理解し実際の創作に役立ててもらう講演で実践向きの講演であった。
 第2部ではアンソロジー詩集「いわての詩2021」版に収録されている自作品の朗読会を、コロナ禍を考慮した時間で行い、希望者全員の参加が得られた。それにしても、個性があるものだなあ、と刺激受けた会であった。
同時に、有意義な詩祭でもあった。


第42回となった恒例「ちば秋の詩祭」
    千葉県詩人クラブ 加藤廣行

講演する 麻生直子氏


 今年は、11月7日(日)千葉市中央コミュニティセンターでの開催となった。県との共催で「文化でつなぐ千葉の力」と銘打たれた千葉・県民芸術祭の行事として位置付けられ、広く県民に告知された。詩の文化が衰退しているとの論調が行われて久しい。それが実情を言い当てているかどうかはともかく、県当局にもある種の見解があると推察される。本行事への期待が実感された。
 まして千葉市はもとより、御会日本現代詩人会、(一社)日本詩人クラブにも後援をいただいている。期待に応えられるよう今年も構成を工夫した。
 まず新入会員による詩の朗読。新井良和、木村裕、宮田直哉、山本光一の各氏が自作を披露、都合がつかず不参加となった小倉勢以、七まどかの両氏の作品は代読とした。既に耳慣れたお名前の面々で、県外在住の方もおられるが皆千葉に縁があり、この機に集まるのも詩祭の賑わいとして相応しい。
 続いて講演。初めに星清彦氏による「丸山薫の山形代用教員時代」。氏の研究に基づき作成された「海軍帽を被った山の詩人 丸山薫の山形、岩根沢での暮らしについて」と題する資料を用いて、終戦直前に丸山薫が岩根沢国民学校に赴任する経緯を日塔聡との係わりから説き起こす。その時代の作品を引用しながら、丸山は「海の詩人」というより「海を憧れていた詩人」ではないかと論を進めて、印象的であった。
 講演は、御会前理事麻生直子氏による「チカップ美恵子と伊賀ふで母娘のうたーアイヌ民族の伝承文化について」に進んで、いっそう深い世界に入る。アイヌ模様刺繍家にして、アイヌ民族の人権、伝承文芸とその精神世界を記述継承する、神謡、叙事詩、抒情詩の詩霊と言霊をゆたかに受け継いだ詩人であったと、チカップ美恵子の事跡を語り、その作品を引きながら麻生氏は、モダニズム詩の過剰を指摘し自然詩の復権を訴えられた。会場は一瞬にして熱い静寂に包まれた。


第36回国民文化祭
わかやま2021いわで現代詩の祭典
             武西良和

授賞式の様子


 第36回国民文化祭・わかやま2021「いわで『現代詩の祭典』は、11月13日(土)午後1時より、一乗閣(旧和歌山県議会議事堂)で開催された。
 コロナの影響がやや薄れた印象がある中での開催だった。小学校、中学校・高校、一般の3つの部門で日本現代詩人会会長賞など、それぞれの部門で6つの賞が授与され、全体で18人の受賞者。遠方の方も含め、その多くが出席された。全員の表彰の後、文部科学大臣賞受賞の3人が自作詩の朗読を行った。朗読の際、手話や音声の画面表示があった。これは講演の時も同様。
 この祭典の作品応募期間は4月から6月までの3ヶ月間。その間に1433篇の応募があった。
 それぞれ受賞の表彰のあと入賞作品について、選考委員長の細見和之さんから講評があった。
 第一部の表彰式のあと、第二部では河津聖恵さん(京都)と村瀬憲夫さん(和歌山)の講演があった。
 河津聖恵さんの演題は「土地と交感して詩を書くということ―詩集『新鹿』『龍神』を中心に」、村瀬憲夫さんは「万葉の詩心 紀ノ川を流れ―万葉びとの旅ごころ―」。それぞれ、紀伊半島や和歌山を主な題材にした講演内容で、岩出市民にも身近であった。
「いわで現代詩の祭典」を目標に3年前、私と中尾彰秀さんの2人で「わかやま詩の会」を立ち上げた。
 2年前の10月、新潟県柏崎市で開催された国民文化祭にいがた現代詩に県の担当者の西畑さんと私、それに中尾さんの3人が視察に訪れた。
 4年前に奈良県大和郡山市で開催された国民文化祭。その担当であった大倉さんにも情報をいただいた。
 昨年11月は宮崎県で国民文化祭みやざき現代詩が行われ、岩出市生涯学習課の方々が視察に訪れた。
 本大会までに、宮崎大会担当の谷元さんにもいろいろとお聞きした。
 昨年、15名の方に選考委員を委嘱した。県内8名、近畿地方7名。当初は選考委員が開催地岩出市に集まることを想定していたが、コロナ禍の下、選考は主に郵送中心となった。


群馬詩人クラブ第34回秋の詩祭
 愛敬浩一氏 講演
 「始まりの詩、もしくは群馬の詩」
            石井一比庫

講演する 愛敬浩一氏


 令和三年十一月十三日(土)、群馬詩人クラブ令和三年度総会および第34回秋の詩祭が、前橋テルサにて開催された。第一部の総会終了後、第二部の秋の詩祭では講師に愛敬浩一氏をお招きして「始まりの詩、もしくは群馬の詩」という演題で講演をしていただいた。
 愛敬氏は、自分は群馬に生まれたが詩は大学で出会った野津明彦の影響で書き始めた。その後、同人誌イエローブックへの参加、詩集の出版など詩人として活動していたが、当時は、自分は群馬の詩人とは考えていなかった。けれども群馬に戻って来て、群馬の詩人の詩を読み、群馬をモチーフとした詩も書くようになった、と語られた。
 また、群馬の戦後の詩について清水房之丞の「野蠅」、岡田刀水士の「果てしなさ」、富岡啓二の「唄」、清水節郎「うらぎるなよ」を紹介し、なぜこのような良い詩を誰も論評しないのか。私たちはただ詩を書けばいいのではなく、現在や過去の群馬の意味ある詩人の詩を発掘する活動こそが必要ではないのか、と呼びかけた。
 続いて、親交のあった小山和郎の人柄や思い出などを熱く語られた。小山さんの詩を読むつもりでしたが、胸が詰まりそうなので止めておきます、という言葉が印象的だった。
 最後に愛敬氏が高校二年生の時に読んだ松本悦治の詩「夏の終わり」を朗読し、良い詩を見つけたら、これは良い詩だと声を上げてほしい。そうしなければどんなに良い詩でも消えていってしまう。
 群馬の中にある詩を読んで、こんな良い詩があると言い、それらと繋げながら自分の詩をより豊かにすべきではないか。本気で詩を書こうと思うのならば、身近な詩を読まなければならない、と結んだ。
 愛敬氏の力のこもった言葉に、引き込まれた講演だった。 


鈴木ユリイカさんを迎えて
 「青森の詩祭2021」開催される
             藤田晴央

講演する 鈴木ユリイカ氏


 11月21日、「青森の詩祭2021」が青森駅前・ねぶたの家ワ・ラッセで開催された。
 2020年はコロナ禍のために中止となったために二年ぶりで、180人収容のホールに間隔を置いて座っていただき検温・消毒の感染対策をとっての開催である。
 まず、本年度の青森県詩人連盟賞を受賞した郷よしゆきさんが受賞作『PROLOGUE』から詩を堂々と朗読。さらに、今年は1973年に死去している長谷川太の詩が死後半世紀近くたってから世に現れた。その詩集『私は風のようであった』が特別賞を受賞。その詩を、ご子息の長谷川淳さんが合唱団仕込みの声で朗読した。
 記念講演は鈴木ユリイカさん。現代詩人賞受賞作『サイードから風が吹くと』の詩篇の朗読を交えながら、そこに書かれたヒロシマへの思いを語った。合わせて、6歳から18歳までを過ごした青森県各地の思い出にも触れた。質問者が座席から歩み寄り、ユリイカさんの耳元でお尋ねし詩について語らうほほえましい場面もあった。
 続いて、2018年度から実施している高校生作品の詩の紹介が行われ、青森中央高校の工藤莉里さんや村山倫子教諭によって4編の清新な詩が朗読された。また、今年初めて、一般参加を呼びかけたところ、中村行基さんが「縄文」をテーマにした詩をこれまた朗々と読んだ。
 最後に、この一年間に詩集を出した詩人連盟会員が朗読。吉﨑光一が詩集『走る穂』から、船越素子が詩集『修繕屋ノオト』から、藤田が詩集『空の泉』からそれぞれ詩を朗読した。
 映画が上映できるくらいの大きなスクリーンいっぱいに詩を映し出しながらの朗読で、来場者も手元の資料に視線を落とすことなく、ステージを見つめながら詩を鑑賞。個性の異なる詩のリレーの中に、ユリイカさんのチャーミングで意味深い講演が大輪の花のように咲いた「青森の詩祭」であった。

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