各地のイベントから(会報153号から)
各地のイベントから
中四国詩人会・岡山大会
講演する北原千代氏
大型台風が接近している九月二十九日に、中四国詩人会岡山大会が岡山ピュアリティまきびで開催された。
天候が崩れそうな中、四国や山陰からの参加予定の方々が果たしてきてくれるだろうかと、大会実行委員会としては気をもんだ。幸いなことに台風の襲来が一日ずれたことで、なんとか無事に大会がおこなえた。
はじめに中四国詩人会総会を本部がおこない、この一年間の業績報告や会計報告、そして次年度の計画、予算が審議された。
つづいての大会では、まず中四国詩人賞の授賞式がおこなわれた。今年の受賞は広島の豊田和司氏の詩集「あんぱん」だった。審査委員長のくにさだきみ氏が選評を述べ、岡隆夫会長から表彰状と副賞が授与された。
大会のメインである講演には、昨年度のH氏賞を受賞した北原千代氏に滋賀から来ていただいた。演題は「詩人 須賀敦子さん」。今年が没後二十年となる須賀敦子さんが三十歳の時に一年間だけ書いていたという詩を中心にしたもので、優しく捉えた考察だった。北原さんは八年前から須賀さんについてのエッセイを個人誌「ばらいろ爪」に連載していて、エッセイ集「須賀敦子さんへ贈る花束」を八月に出版したばかりだった。
中四国各県の会員八人による自作詩朗読は、あまり大会にお見えにならない方を中心にお願いした。それぞれの方の肉声が聞けたひとときだった。
いよいよ台風が近づいてくるというので懇親会も時間を早めておこなった。しかし、四国へ渡るための瀬戸大橋線や山陰へ戻るための伯備線がいつ不通になるかわからないということで、懇親会には出ずに帰っていかれた方も多かった。高知のKさんは、お酒は好きなんですが・・・と、おっしゃりながらだった。残念だがこれは仕方がなかった。
大会参加者が約七十人、懇親会参加者は約四十人だった。外はいつ崩れるかわからない悪天候だったが、会場の中は熱気と親睦で過ごした半日だった。 (文責・瀬崎 祐)
いばらき詩祭
2018 つくば
石田瑞穂氏と塚本敏雄によるトーク
十月十三日(土)いばらき詩祭2018がつくば市のつくば総合インフォメーションセンター(つくば駅隣接、BiViつくば2階)にて開かれました。年一回開催されるこの催しは茨城県内各地を回り開催されるものですが、今年はつくば市の開催となったものです。
つくばでは、かつて「ポエマホリックカフェ」というオープンマイク(自由エントリー型の朗読会)イベントが二〇〇〇年から二〇〇四年にかけて月一回開かれていて、その時の関係者が現在茨城県詩人協会に所属していることから、つくばでやるのなら、オープンマイクをやろうということになりました。ゲストには、石田瑞穂さんをお招きし、第一部は、石田瑞穂さんと塚本敏雄による朗読に関するトーク、第二部をオープンマイク、第三部を石田さんと塚本によるアトラクションとしての朗読という三部構成にしました。
石田瑞穂さんは、朗読に積極的に関わっていった経緯を海外での朗読経験を交えながら語ってくれました。塚本は、かつてのオープンマイクの経験などを基に朗読への考えを話しました。
第二部のオープンマイクには、総勢二十二名がマイクの前に立ちました。登場の順番は司会によるくじ引き。このスタイルは、かつてのポエマホリックカフェと同じもので、他のルールは、「エントリーは受付で申し出る」「一人五分以内なら何編読んでも良い」「鳴り物(楽器)は禁止」。これだけです。
さまざまなタイプの詩が読まれました。その多様さがエネルギーとなって空間に横溢し、和やかながらも熱気ある雰囲気が作られていきました。
第三部は、アトラクションとしての朗読。まず塚本が、パワーポイントのスライドを使った朗読を披露しました。次に石田瑞穂さんが、村岡佑樹さんの繊細なギターをバックに朗読しました。ゆったりとしたリズムで、心に沁みる朗読でした。
参加者はとても充実した時間を過ごすことができました。皆さん、口々に楽しかったとおっしゃっていたのは決して社交辞令ではなかったと思います。
(塚本敏雄)
宮城県
詩人会詩祭2018
左から秋亜綺羅氏 伊藤文恵氏 井上英司氏
宮城県詩人会の詩祭は、活動の大きな柱で、毎年県内各地で開催してきたが、仙台市での開催は仙台文学館を会場としてきた。が、本年は九月三〇日(日)、仙台市中心部の仙台市民活動サポートセンターで開催。市中心部での開催ということ、会のブログ、会員のツイッター、雑誌への情報提供など広報の充実もあり、入場料千円にもかかわらず百名を超える人々の参加を得た。
詩祭は「闘う言葉の祭典」をテーマに、ジャンルを超えての言葉の闘いとなった。
記念講演は青森の詩人高橋玖未子氏でテーマは「東北 その詩的視点で」。東北は縄文を起点に、詩人の言葉はそれぞれのトポスを確認しながら発せられている、という意義深い講演であった。
その後、在仙の女優西澤由美子氏が東日本大震災をテーマにした演劇「桜ひとひら」を、初演前に朗読劇として披露した。震災で孫を亡くした住職は慰霊のために仏像を彫り続けている。その仏像を受け取りに来た娘を亡くした母親と住職との会話。詩とは異なる言葉の響きが心にしみた。演劇という場で闘う言葉の力を感じさせた一瞬だった。
引き続き、トーンチャイム(楽器名)の言葉のない演奏。ピアノの鍵盤の一音一音を一人一人が担当するチャイム演奏で、息が合った時のやわらかい音色は雄弁だった。
宮城県詩人会会員の朗読、日野修はドラマを感じさせ、千葉貴史は落ち着いた詩的世界を現出させた。
秋亜綺羅の言葉と井上英司のドラムとのセッションは、暴力的な大音響の掛け合いが言葉を破壊し、舞踏家伊藤文恵の踊りと重なって、非日常の時間と空間を現出させた。
朗読はその後、大林美智子が諄々と意味を説く言葉の在り方を示し、佐々木貴子は木琴を奏でながら懐かしさを感じさせる不思議な詩の世界を実現、伊達泳時の抑えめで過激な朗読へと引き継がれ、三時間半の詩祭を終えた。
詩祭「闘う言葉の祭典」は、参加者それぞれのこころのなかで言葉が響き合うことで新たな世界を広げた。
(玉田尊英)
福島県詩祭
講演と朗読のつどい
講演する 高山利三郎氏
9月30日(日)に福島県詩祭「講演と朗読のつどい」が矢吹町中央公民館で開催された。
「子どもたちに詩の読み方、書き方を―詩の授業実践を通しての題で高山利三郎氏が講演した。はじめに、児童生徒三人が「さわやか詩集」に掲載された詩を朗読した。先生は一人ひとりに適切な感想を述べられ、矢吹町あげての詩の教育に共感を示された。生徒にとっては感銘を受けたに違いない。
次いで、なぜ詩の授業なのか。感性教育の大切さを力説された。ある女子高校生の会話や大学生の記憶に残っている詩は、草野心平の「河童と蛙」のオノマトベである。蛙一匹一匹が個性を持って鳴く。人間にも相通じるものがあることを。個性の大切さを説く。
さらに、津村信夫の「冬の夜道」の要点はどこか。①題名から②初めの感想③登場人物④どんな音(声)がしますか⑤「明るい一本のろうそくが燃えていた」とは⑥終わりの感想を授業で書かせ発表させる。すると、最初はさみしい暗い感じの詩と感じたが、とても温かい詩で、作者の気持ちが少し分かり、その深さが分ったと。また「雪」三好達治の授業例では、子どもの初発の感想や気づきを大切にしていること。一語の重要さとイメージの拡がりをも。最後に「春と習字」たかなしきいちの詩から。春の漢字は、三と人と日から成り、これから詩が出来た。この詩を分解して理解させる。詩の面白さや想像することの楽しさを知る。教室に感性教育を切に説く。
今年も充実!
岩手詩祭2018
講演する 上斗米隆夫氏
「心に言葉を!」をテーマに、「いわて詩祭2018を花巻市市民交流センター(花巻市)で10月20日に開催した。参加者は26名である。
詩祭の第一部の講演会では、岩手県詩人クラブ副会長上斗米隆夫氏が「教材としての詩」と題し、教員時代に経験した生徒に詩を教えることの難しさ、特に子供たちに詩を書かせるように指導することに如何に苦労したかの経験談が語られた。
思ったことを自由に書きなさいという指導が、子供たちにとっても克服できない壁としてあったこと、それは大人になっても案外難しいことなのではないかとの指摘もあった。
また、現在小中学校で使用されている国語教科書に掲載されている詩をつぶさに調査した結果の報告もあり、それによると戦後生まれの詩人たちの詩作品が教科書に全く掲載されていないという現状は、現代を生きる子供たちの感性に訴えるかどうかの疑問も感じた。
第二部では、毎年刊行している年刊アンソロジー詩集「いわての詩 2018年版」に収録されている自作品の朗読会を参加者全員で行った。このアンソロジーは一人40行以内という制限の中で編集しているもので、朗読する側そして聞く側にとっても適当な長さであるため、参加者の意識の集中状態が継続した朗読会となった。
第三部では、参加者を4グループに分けて、各自の作品について合評会を行った。一作品に30分近い時間をかけて、じっくりと作品を鑑賞しながら感想や意見を述べあう、楽しく充実した時間となった。合評会の最後の全体会では、グループ別の討議内容の報告を行い、それぞれの討議結果の全体が共有された有意義な時間となった。
終了後は別会場で懇親会を開催し、八十代から二十代までの幅広い参加者が、さらに詩を巡っての話を続けた。「今日のような楽しい会に出席しないのは、なんとももったいなく感じる」との感想もあって、まさにその一言に尽きる充実した詩に満ちた日となった。
岩手県詩人クラブ会長 東野 正
第二十四回みえ県民文化祭
講演 日原正彦氏
「詩の言葉の伝わり方」
講演する日原正彦氏
平成三〇年十月八日(月・体育の日)、津市の三重県総合文化センター・セミナー室Bにおいて、第二十四回みえ県民文化祭現代詩大会が開催された。
当月は、県内外から三十余名の参加があり、表彰式、合評会のあと、日原正彦氏による講演「詩の言葉の伝わり方」を拝聴した。
最初に、言語の一般的機能(意味やイメージなどの)伝達に触れられた。
言語一般の伝達は、日常的実用的伝達である一方、詩的言語の伝達は、日常的でありながら、日常的ではない、実用的でありながら、実用的ではない伝達で、非連続なものではないけれど、深さが必要であると話された。
詩的言語を追究してゆくと、言語ではないポエジーの存在がある。それは、言語間の関係の中で、深いところから匂ってくる〝あるもの〟であり、言葉で言えないものを言葉で言おうとするパラドックスであると解析された。
次に、日原氏の著書『ことばたちの揺曳』の「中原中也」の章より、中原中也の『芸術論覚え書』に触れられた。無意識に何かを感じている時、意識に上ってくる基本的な感覚は、更に感情や知的論理によって整理、反省され、あるいは想像されて、一つの構成物(作品)となる。そのような基本的な感覚に意識が追いつく以前の、つまり感覚の裸の状態、その自足状態のことを話された。それは、感覚が無意識の海の中を裸で泳いでいる状態で、人生という観点から見れば、赤子の時代、人類という観点ならば原始的心性。未だ言語というものを獲得する以前であり、まだことばになっていないことばである。このような感覚の純粋状態を維持することの大切さを説明され、その上で、詩作の姿勢として、言葉遊びではなく、読み手に伝えようとする努力をすることが大切であり、それは、説明しようとする努力ではなく、表現しようとする努力である、ということを話された。
海を例にあげ、「コップに水を入れて飲む」を、「コップに海を入れて飲む」とするなら、海の浅い部分が日常伝達となり、深海の部分が詩的言語に表われて、言葉で言えない深い思いが表現できるのでは、と話された。また、言葉が、行から行へ移る時に、深いものを引っぱっていくことの必要性についても話された。
詩を書くにあたって、言葉の深みを見詰め、そこに広がるものと向き合う姿勢、必要性を強く感じた講演だった。
(三重県詩人クラブ事務局長 村井一朗)
秋田の詩祭2018を開催
講演する近江正人氏
秋田県現代詩人協会主催による「秋田の詩祭2018」が、十月二十七日(土)「あきた文学資料館」において開催された。(参加者六十七人)。
午前の部は、高校生など計八人による自作詩の朗読が行われたあと、山形の詩人で劇作家の近江正人氏(山形詩人会理事)による講演。『土に叫ぶ 義農松田甚次郎 ~宮沢賢治を生きた人~』と題し、山形の先人松田甚次郎(一九〇九年~一九四三年)に主眼を置き、当時全く無名であった宮沢賢治の存在を世に知らしめた人であると紹介。賢治を「わが恩師」と敬愛し農村改善を実践した松田を賢治と対比させながら、両者の違いについて言及された。松田を初めて知った人がほとんどで、貴重な講演であったとの声が多かった。
午後の部は『詩人の愛、原民喜の詩と』と題し、H氏賞受賞詩人十田撓子氏と映像作家宮岡秀行氏による詩の朗読と上映、そして参加者と車座になってのアフタートークが行われた。上映されたのは原の『夏の花』をもとに宮岡氏が監督制作した同名の作品で、被ばくした広島の街を彷徨する原の行動を現在の広島の街に追ったイメージ映像。アフタートークでは参加者からいろいろな感想が述べられ、時間超過したほどであった。
(文責 前田 勉)
板橋区「詩のつどい」
講演する 山本みち子氏
2018年11月4日(日)、日本現代詩人会の後援を頂き、板橋区詩人連盟による板橋区「詩のつどい」が開催された。中原道夫会長の開会の言葉に続き、主宰者の板橋区長、現代詩人会理事渡辺めぐみ氏及び天野英氏からご挨拶を頂いた。
山本みち子氏による講演のテーマは「詩が生まれる時」。氏が長年の詩歴の中で、師や多くの出会いから学んだ体験を語られ、自作の詩も朗読された。
二胡サークル・小華(宗美津子氏他8名)の演奏も華を添えた。
その後、沢聖子、庄司進、鈴木昌子、富田和夫、宮本苑生、中尾敏康、渡辺めぐみの各氏が自作詩を朗読した。
また、この催しに併せて、区民からの応募作品を掲載した区民詩集『樹林』33号が発行された。その中の優れた作品は、区長賞・区議会議長賞として表彰され、作者による受賞作品の朗読も行われた。なお区内の小・中学校の児童・生徒にも参加を呼びかけ、その作品も収録されている。
区民詩集は参加者58名、当日参加者93名、計151名で会場が賑わった。(河野昌子)
二胡サークル・小華(宗美津子氏他8名)の演奏