会員情報

会員のアンソロジー

会員のアンソロジー18・西岡光秋氏~

 西岡 光秋 ニシオカ コウシュウ

①1934(昭和9)1・3②大阪③国学院大学文学部卒④「日本未来派」「青い花」⑤『鵜匠』坂の上書店、『菊のわかれ』国文社、『かたっぽ』書肆青樹社、『アルバムの目』『評論触発の点景』土曜美術社出版販売。

 あじさい

あじさいは死者の耳の数を加えるたびに
はにかみながら色を変えていく
雨は舌打ちしながらあじさいの真意をなじる
これまでのお前の加護に感謝しろと言いかけ
 て
急に口をつぐむ鳥がいる

わかれを告げることで
親しい人たちは突如として背中を見せる
手を振ることで
平穏の日々が簡単に打ち切られる不条理を
だれもなじることはできない
季節の変節を呼びつづける雨脚が激しい

 西岡 寿美子 ニシオカ スミコ

①1928(昭和3)10・11②高知③第二高女卒④「二人」⑤『杉の村の物語』『おけさ恋うた』『へんろみちで』『むかさり絵馬』二人発行所。

乞食こつじき

伸ばして中に黒砂糖を包み
鉄板で焼くとトロリと甘い糖液が流れ出る
遠くで微かなそんな記憶がよぎったが

手持ちの金もわずか
換えしろの衣料の一枚も持たず
何で山深いあの土地へ入り込んで行ったのだ
 か
つまり麦一合も手に入れられず
はなから成算のない単独の買い出し
というより乞食行であったか

夜はあの地で罵詈とともに与えられた酒粕を
フスマ(米糠)に半分混ぜて平め
七輪で焼き色をつけ夕餉とした
主食とすべき物とも思えぬ味わいの
内臓が火膨れのように発酵したあの粕団子

二十日後に油脂焼夷弾に一舐めにされる街
モンペでの丸寝は空き簟笥に凭れ
ガオガオと夜通し闇空に鳴る警報下で

 西田 義篤 ニシダ ヨシアツ

①1941(昭和16)8・25②鹿児島③鹿児島大学卒④「解纜」⑤『生きた標本』思潮社、『水の幻想』本多企画。

 夕虹

砕ける陽光と烈しい雨
湯煙と硫黄の匂いの散る南端の地には
よく虹がかかる

東シナ海上を迷走した台風が
半島を掠めて去った夕暮
残光の噴火湾に壮大な虹がかかった
沈黙する空と海を背景に
虹は弓形にたわみ煌めいた
虹の周辺はさまざまな色が入り乱れ
金色のひかりの帯が駆け巡った
虹のいたるところから
血を含んだような赤色が噴き出し
それは雲にまで及んでいく
虹は自ら発光し発色しているのだ
そうとしか思えなかった

初めてみる異様な虹の姿だった
死後に現われる風景を
私は視てしまったのかもしれない__

 西野 りーあ ニシノ リーア

①1961(昭和36)6・6②東京③学習院大学文学部史学科中退④「揺蘭」⑤『うろくずやかた』『人魚迷宮譜』土曜美術社出版販売。

  天津凶夢妖霊草紙あまつまがゆめようれいそうし

     今は はや 鏡に沈め 黄金呪言おうごんじゆごん
 今は ただ ひそかにひもとけ 精霊水晶せいれいすいしよう
七千の稲妻 閃く夜に
  黄金凶夢おうごんきようきようむが お前をつかむ
七千の呪文 たちのぼる時
    つるぎをかざした 精霊の愛
 精霊たちは お前を愛する
     凶夢の翼を 広げて翔び立て
              幾万の闇 散り果てる夜に 
      三日月かざして 波頭はとうを駆けよ  
七千の夢を いだいて眠れ
            幾百の薔薇を くだいて眠れよ    
                 果てない凶夢が お前をさらう
   炎のけものが お前をむさぼ
七彩の夢を 揺らして眠れ
  今は ただ 此の世を呑み込む妖霊のとき
           稲妻の夢に 見られて目醒めよ
   神々の夢が 降りしきる夜
血濡れた書物に 抱かれて 目醒めよ
    七千の夢 閃く夜に
             お前いざなう 壮麗の声  

 西村 啓子 ニシムラ ケイコ

①1930(昭和5)7・20②東京③日本女子大学文学部国文学科卒④「流」⑤『赤の雑踏』『過ぎ去った町』ダン・クリエイト、『途中までの切符』知加書房。

 寓話

数年前 庭のサンゴ樹を伐ってしまった
防暑 防風 防音になっていたが
木々たちが利益を主張しあうようになると
だれかが犠牲になるほかはない
青空の赤い花は惜しまれたが根元から伐った
切り株からは太い根が四方に伸び
掘り起こすことができない
土中の根を切り放ち 株を砕き
ようやく新芽がでないようになった
空いた空間に枝葉を伸ばし
侵食するものがあって
すぐに痕跡は覆われてしまった
これではもう窒息するほかないだろう
テレビで領土問題が報じられる朝
明日葉の太い茎を切り採ると
陰に白い大きなボタンの花
サンゴ樹の砕片に咲いたキノコだった
知らぬ間に乗っとられていたのだ
騒がしい昆虫の出現も間近かもしれない

こどもの頃不安になったお話のようである

 西村 博美 ニシムラ ヒロミ

①1948(昭和23)7・7②奈良⑤『手袋を脱ぐ』地虫詩社、『八右衛門の鶫』弓立社、『においの記憶』『芳喬家族譚』浮游社、『今日の午後』大阪文学学校葦書房。

 花に風の

土や草が足うらに冷たかった(のか)
はだしか靴下いちまいだった(のか)
誰かがぼくを草の上に置いた(のか)
はい、こちらと手をたたいた(のか)
そこにいたのは母さんだった(のか)
ハナは一面に散り敷いていた(のか)
公園の径や小川に降っていた(のか)
木漏れ日がキラキラしていた(のか)
春のぼくの冷たい足のうらの記憶よ
歩き始めた一歳と少しの公園の日よ

 ぬけがら おいて

ぬけがら おいて セミさん おでかけ。
娘が保育園で憶えてきたカルタの文句だ。
たまに迎えにいった帰り道を歩きながら。
もっといっぱい教えてくれたのだけれど。
みんな忘れてしまって「セミさん」ひとつ。
ぬけがらを置くように、行ってしまった。

 西本 昭太郎 ニシモト ショウタロウ

①1928(昭3)3・15②兵庫④「粒」⑤『頰を裂く』『小詩集』『庶民考』ⅠⅡⅢ『冬の座から』『近況』『薔薇の灰』『流れのままに』『私信』粒の会版、『西本昭太郎詩集』芸風書院。

 モダニズム旅情

羽根よりも軽いブルゾンに
手を通し 今日は港へ行こうか
クツ下を女子学生風にルーズソックスにし
白黒コンビ模様のスニーカーを履いて
有馬街道に沿って山なみと港への中間点
それぞれ数分で到着する処 わが部屋は在る
明快な風と光の中 モダニズム初期には
白い船 鷗 マスト パラソル おお自動的
記述 昭和七十三年では どうなるか
そういえば唯一人の女友達の R女は
オジサンあれはどうなったの と言うが
ノーベル賞もの?も デリバティブ論が
二つもと なる現世では きみよ それは
語ってはならぬ 美しい 消耗の秘密
若き日の と答えよう
絵のような港の風景の中 ガーデンの卓で
巧みに空中から落下するココリコオリジナル
タブロース&アイステイを  しよう
ここでの ふさわしい 物語は
アリサ や
ヴァンカ

 仁田 昭子 ニタ アキコ

①1942(昭和17)3・12②兵庫③広島大学教育学部卒⑤『ミダス王の耳』溪水社、『空地』三宝社。

 長いものが

こんにちわ こんにちわ
玄関でか細い声がしている
大切な約束をした人だ
ハイハイと返事するものの身体が動かない
返事ばかりしているうちに
もう声はしなくなった

ボンヤリとみつめる壁を 長いものが
這っている どちらが頭か尻尾か
長いものとしか言いようのないものが
 ああつまらない つまらない
 くだらん他人の思いばっかり喰って
半分泣きながら壁を這ってゆく

泣きたいのはこっちの方だ
こんにちはの人を返してと叫ぶ間もなく
古い地図の上をズルズルと西に向い
レニングラードのあたりで消えてしまった
意外に足は速かった
古い地図のどのへんで迷っているのだろうか
気の毒なような いい気味のような

 庭野 富吉 ニワノ トミキチ

①1941(昭和16)4・27②新潟③二松学舎大学中国文学科卒④「蒼玄」「竜骨」⑤『黒い背中』『憂噴』『雪泥』。

 妻有トリエンナーレ大地の芸術祭に寄せて
     影

影が立ち上がる
黒い鉄のアートになって立ち上がる
村人は等身大に切り抜かれ
鉄の板になり
川岸の崖の上に立つ
男も女も
年よりも子供も
影は一様に
先祖の下ってきた川の方を向いている
息子たちが出て行った
川上を見つめている
川は時を流し
過去は遠ざかるばかり
幸せな未来は来ない
千曲川が越後の国に流れ込む
国境の集落 足滝
偏平な黒い人形ひとがたが立っている
やがて鋼鉄のアートの村人も潰える
影も形も無くなる
川だけが流れつづけている

 布川 鴇 ヌノカワ トキ

①1947(昭和22)1・23②宮城③東北大学卒④「同時代」「青衣」「青い花」⑤『さぶさの』土曜美術社出版販売、『さえずり』書肆青樹社。

 名前のない墓

林の奥に半ば崩壊し
文字の刻まれていない墓が並んでいる
かつて存在しながら
忘れられたものたちの名前のない墓
名前を問われることもなく
ふたたび戻ってその名を
刻むことのなかったものの墓

(墓は次の世代のために用意されていた)
(一家はだれも生き残ることはなかった)

 ―私は鉄線の陰から運命を見つめています
 ―また列車が来ました今度は私たちの番です

(乗り切れないほどの人数を乗せ
 行き先も告げることなく列車は移動した)

歴史の無意識に抵抗する名前のない墓
あらゆる属性を消した底なしの空無に
濃緑の蔦が絡みついたまま
蒼空に傾いて墓は並んでいる

 納富 教雄 ノウトミ ノリオ

①1925(大正13・10・13②北海道⑥『酒亭の海』『だから』審美社。

 父権

せまい部屋にも上下かみしもがあって。
昔ながらの
上座かみ下座しものしきたりがあって。

それが見境もなく崩れたのは
まださめやらぬ戦後のこと

男はやっと仕入れた命のテレビを
仰々しくも上座に置いて。

さて自らは下座にりて。

相好そうごうくずした女のように
ただただ映像のしもべになって。

 野木 京子 ノギ キョウコ

①1957(昭和32)・11・14②熊本③立教大学文学部英米文学科卒④「スーハ!」⑤『銀の惑星その水棲者たち』矢立出版、『枝と砂』『ヒムル、割れた野原』思潮社。

 見えない文字

最後に見る上空というものがあるなら
空には読めない文字が氾濫して
誘い込むように、回転をはじめて
やがて耳の奥の水琴窟に
聞こえない声が響きはじめる

死んでいった人が書き残した文字が
上空に散乱していた
読むことのできないそれらが
層の間隙から無数にこぼれおちて
見え隠れをはじめてしまう

どこかで川の水は流れつづけて
水底に亡骸
その人が声を失ったのか
それとも声がその人を失ってしまったのか
川の上空には
見えない文字が静かに並んでいる
開けてはいけない扉の上辺にその文字は書か
 れている

 野口 正路 ノグチ マサミチ

①1932(昭和7)8・7②東京③明治学院大学英文学科卒④「未開」⑤『鳥に渡す手紙』『樹のなかの家』未開出版社、『ひそかなる停車場』花神社、『宇宙螢』『戦時少年』土曜美術社出版販売、『象・はな子』けやき書房。

 サンセットのこちら側

砂浜から 真正面に
大きな 落日を見ている

沖は 渓谷になっていて
とりどりの 魚族が
いろいろな 色柄の服を着て
さまざまな 表情で
仲間にキスしてまわったり
ゆらめく草とたわむれたり
岩底へ帰宅したりして
昼も夜もなく
生活している

この地球で
人間とかれらと
どっちの種族が
長生きするんだろうか

 野島 茂 ノジマ シゲル

①1929(昭和4)7・15②神奈川③明治大学専門部文科卒④「詩季」「焔」⑤『晩夏』私家版、『朝の会話』花神社、『坂の美学』砂子屋書房、『千曲川』横浜詩人会。

 月光

月の光が射して
ひさしに松の影が揺れる

しとみに ふと
砂のあたる音がする
海からの風が
砂塵を巻き上げて吹くのだろう

海べりの屋形で
髪の長い女人が
几帳きちょうの蔭にかくれ
ひとり松籟を聴いている
夫は すでに
この世に亡い

遠い戦国の地に旅立った夫の
着くあての無い音信を
きょうも待ち焦がれている
おそらく 明日も

 野田 寿子 ノダ ヒサコ

①1927(昭和2)8・2②佐賀③日本女子大学卒④「詩と思想」「詩人会議」「現代詩ハテナの会」⑤『母の耳』『晩紅拾遺』。

 詩について

詩の生まれるところに
私は生きていたい

たとえその胎動にかかわって格闘し
疲れはてても
その息づかいは私の生の証しなのだから

言葉はその時私の芯を凝視みつめている
だから私はのがれられない

悲しみ 喜び 怒り
生きて在ることの諸々もろもろの中に
私は思わず立ち上り 歩き出す
たしかに自分であろうとする

その歩みがどんなに痛くとも
ことばは黙って私を凝視みつ
のみのように鋭い言葉を刻み込む

だから私は避けられない
詩はこうして私を創る

 野仲 美弥子 ノナカ ミヤコ

①1935(昭和10)9・21②東京③明治学院大学英文科卒④「舟」「青い花」⑤『夜の魚』レアリテの会、『わたしと暮らす人』花神社、『時間(ときのはざま)』訳詩集テッド・ヒューズ『誕生日の手紙』書肆青樹社。

 夏を帰る

今年買った二つの安帽子
の 一つをかぶって
灼熱の夏に出かける

逃げ場のない舗道に身体をおき
足に運ばせる
蒸れたアスファルトは
一触即発の念を
無表情に隠蔽している
その面をかすかに覆う
電信柱の太い影と
電線の細い影 交差している
Tバック!

別世界の建物の中に
手術後の友を見舞う
友は帰還兵だった どこかの淵からの……

わたしも帰っていく
一向に衰えない熱気のなかに
不思議に あたたかい

 野間 亜太子 ノマ アタコ

①1943(昭和18)9・12②京都③京都女子大学大学院修士課程修了④「地球」⑤『水怨』『黄泉爾将待跡』思潮社、『中空』昭森社、『倫理素粒子』地球社。

 日本人としての贖罪

インパール戦の誤爆でベンガル地方に。
百万人は超えるという餓死。
サタジット・レイの映画「遠雷」の悲劇。
「雷」は「誤爆」のことだ。
どうすれば、公表されていない罪を日本人と
 して償うことが出来るのか?
敗戦で56万5千坪無くしたこの貧者でも。
だから、ベンガル語を学びはじめた。
タゴールの心を日本の人々に。
日本人の心をベンガルの人々に。
ムコパディヤーイ氏に会った。「人民戦線の
 歌」を書いた人だ。
マザー・テレサに会った。日本では労働者の
 街だけ訪れた人だ。
アマルティア・クマール・セン氏に会った。
 インドの貧困を無くそうとする経済学者。
インドは名前だけでカーストが分かる。その
 下にアウト・カーストがある。
日本人留学生とそのメイドとの女の子。彼女
  に教育を受けさせ、結婚させ、父親に責任
  をとらせるだけで、三十年が去った。

 野村 喜和夫 ノムラ キワオ

①1951(昭和26)10・20②埼玉③早稲田大学第一文学部日本文学科卒④「歴程」⑤『反復彷徨』思潮社、『ニューインスピレーション』書肆山田、『街の衣のいちまい下の虹は蛇だ』河出書房新社、『現代詩作マニュアル』思潮社。

 眼底ロード

私たちって誰だろう、なぞなぞみたいだけれ
  ど、
夜通しあなたの眼底を旅してめぐるのが、私
 たちの仕事、
道野辺には、昼間のあなたの愚行の痕跡がま
 だ残っていて、
それを足の裏でスキャンしながら読み取って
 ゆく、楽しい、
眼底の最も奥深いところには、駄洒落みたい
 だけれど、
あなたの苦悩が結晶してできた瑪瑙がごろご
 ろしていて、
それを拾って叩きあわせ、散った火花を写真
 に撮って、
夢見のあなたに送る、楽しい、もちろん朝が
 来るまえに、
音もなく私たちは立ち去る、なぞなぞみたい
 だけれど、
そんな私たちって、あなたにとって誰だろう、

 野村 良雄 ノムラ ナガオ

①1931(昭和6)2・20②北海道③北海道第二師範卒④「雨彦」「極光」⑤『夏の終わりに』思潮社、『通いなれた道で』雨彦の会。

 あなたの雲

小さな動物園の坂道で
細くて長い遠吠えを聞いた
快晴の秋空にあごをあげ
うっとりと目を閉じ放心している
一匹の白い犬がいる

そんな光景に
まわりはみんな黙りこくっていて
半世紀を経たあなたの雲が
往年の熊やライオンやあざらしを
思い描いている

ひかりそして樹木の匂い
あなたの雲のつぶやき
おのれにかえるということは
そういうかなしみのことなのかも知れない

風もないのにかすかに揺れる
あの坂道の動物慰霊碑の黄葉は
誰に気づかわれているのだろう

 芳賀 章内 ハガ ショウナイ

①1933(昭和8)2・24②福島④「鮫」「龍」⑤『せらみっくの都市』『直線の都市 円いけもの』鮫の会。

 ことば

きみの耳の奥
朝の鶏が鳴きやまない
青の空深く それは昇り
宇宙線の今日の気配をまき散らす
鶏の声のような
出立の準備はなり

声は きみの底から噴出
骨と肉と皮膚を破り
一日の洪水をつくりだす
膨れあがるきみの見えない肉体の影
きみの血脈のうねり
重なり 膨れ
しあわせの架空
宇宙線にぶら下がる

出立が整い
鶏は鳴く また ふたたび みたび
その声 天岩屋戸をもたたき
ときのむこうからも
今日は開かれる

 萩原 健次郎 ハギワラ ケンジロウ

①1952(昭和27)1・8②大阪③龍谷大学経済学科卒④「紙子」「gu i」⑤『求愛』彼方社、『K市民』思潮社、『脳の木』書肆山田。

 菫の営み

あなたはあなたの芯をさらす
中空に、地面に
鈍い空いろのきずを残す

気の頂で
無音の爆裂を
営みのように
はらをひらいて

みずからの
充満
だれも
強いたわけでなく

 萩原 貢 ハギワラ ミツギ

①1933(昭和8)1・17②北海道③緑陵高校定時制卒④「小樽詩話会」⑤『梨の家』緑鯨社。

 深夜の博物館

耳そばだて まさぐり伸びる青葦のむれ
濃紺の音楽にふちどりされた湖……
含みわらいする小さな博物館の

昼に見かけた職員の細いミルク色の手が
暗闇で 古い標本でびっしりの抽斗を開ける

どれも悪夢で重い鳥たちを?み出し
お手玉のように宙へ 次つぎに

抛りあげられた頂で かれらは覚醒する
恐怖のあまり心臓を石にした あの直前に戻
 る

窓ガラスを青白い光となってくぐりぬける
標本ラベルを剃刀のように曳いて

伸びあがる草の首をバラバラ切り散らし
湖畔のホテルに眠る男の瞼を切り裂いて
一直線に逃れてゆく 新月の空へ

 硲 杏子 ハザマ キョウコ

①1936(昭和11)・5・24②東京③龍ケ崎二高卒④「白亜紀」⑤『国境』沖積舎、『愛の香辛料』『山家抄』『水の惑星』国文社。

 三内丸山にて

縄文の時代には
物の尺度が凡そ35糎から成っていたという
35糎は 人間の肘から小指までの長さらしい
私も測ったらぴったり35糎

物を測るとき 物を造るとき
太古の人々は全て自分の体を基にしていた
人間はみんな生きたモノサシだった
祖母も紐を両手で引きながら
ひとひろふたひろと数えていたっけ
千尋ちひろとは 深い海の底の世界
お裁縫のときに使う鯨尺はほぼ中指迄の長さ
小柄な私は裁ち切り4尺
裄は1尺6寸3分
何となく体に親しい確かな感覚

測る 量る 図る 計る 謀る 諮る
はかるということは 物事の認識の始まり
人はみなはかりはかられながら
生と死のあわいをつむいでいる

 橋爪 さち子 ハシヅメ サチコ

①1944(昭和19)7・21②京都③立命館大学文学部日本文学科卒④「青い花」⑤『時はたつ時はたたない』『光る骨』書肆青樹社。

 家じゅうのシーツを洗う

夜の岸辺をおびただしい雷鳴がとどろき
浅い眠りを眠っては覚め覚めては眠るうち
ストーン 雷鳴のひとつが
わたしの頭頂から子宮へ直下した
衝撃や熱さ震動 そんなものはなく それは
大へん素早く大へんメタファな授受だった
翌日 視聴者参加のテレビで
若い母親のメールが読まれ 前夜
雷鳴のさなかに女児が産まれたという
彼女の女児は三人ともが
雷鳴とどろく出産だった と
稲妻は稲が実る季節に多いことから
古代の人は雷によって稲が結実すると信じた
大年増のわたしに直下した雷は よほどの
マニアにちがいないが それにしても
森羅万象を取り込み融合しようとする子宮の
ダイナミズム また太々しさ
ふいに甦り息吹き返す先祖信仰のゆるぎなさ
あれこれ思いめぐらしながら
雷の過ぎた抜けるような空に向けて
家じゅうのシーツを洗い上げる

 橋本 果枝 ハシモト カエ

①1948(昭和23)5・17②広島③広島女学院大学短期大学部卒⑤『恋気通信』書肆季節社、『聴花』みもざ書房。

 借景

心もようを 解けないまま
供養の歳月を数える
出会ってしまった魂は
遺影に嵌めこまれて
まだ 風音を待っている

あずまかぜ あゆのかぜ あいのかぜ
言い替えるほどに
ひりりと 肌から目覚めた日々の

星がひとつ 今を定めて
時の心音のように
街の片隅からうねる風音が
失った風景の闇をかきわけ
想いの丈は空に透ける

誰も彼も
執着のあわいを潜り
行き先だけはわかっているのか
新しい風景を抱えて
少しずつ見知らぬひとになっていく

 橋本 福惠 ハシモト フクエ

①1933(昭和8)1・3②広島③三次高校卒④「河」「地球」⑤『佳美の時刻』あすなろ社、『言葉とのあいだで揺れる』思潮社、『思いの風土』季節社、『悲の百科』土曜美術社出版販売、『少年の風景』花神社。

 愛

想いが 形になると
内部では 豆電球が 灯ったよう
かがやきながら
愛娘の笑くぼ 言の葉
心の川に浮かびながら
乳の雫のきらめく 星の露
緑の大きな葉っぱの上

逝った娘よ 虹の露を吸っているようだ
あなたとは いつでも会えるのね
笑窪は いつでも 言の葉なの
心の川に 浮かべられるから
置き忘れてきた金魚も 泳いでいるわ
虹色の水の輪 喃語の色彩のよう

水の鍵盤を流れる音の楽のアアア優れた詩
耳を澄ませてごらん 七色にかがやくよ
文字にならないかも しれないけれど
裸足の脚に ゆうらゆら
こころのことば 透明に ゆうらゆら

 橋本 征子 ハシモト マサコ

①1945(昭和20)2・13②北海道③早稲田大学第一文学部仏文専修修士課程修了④「極光」⑤『夏の呪文』月刊おたる、『闇の乳房』縄文詩劇の会、『破船』書肆青樹社。

 ピーマン

真夏の暑い夜 深い森の中では
緑の沈黙に耐えきれなくなって
静かに笑う はち切れそうな脹脛ふくらはぎの女たちが
つぎつぎとピーマンを産み落している

肉厚のピーマンをまっぷたつに割った翌朝は
きまって耳が痛い
俎板の上に転がった半月形のピーマン
切り落されたわたしの耳
ピーマンの綿毛の迷路を指でなぞってゆくと
音になる前の音が 発光しながら
執拗に絡みついてくる

つややかに光る緑のピーマン
空洞にぎっしりつまっているのは
森の行きつくところで
葬られた者たちの声
熱気の闇をただよいながら
わたしのところへ辿りついた
殺められた幼い死者たちの声

 長谷川 紘子 ハセガワ ヒロコ

①1945(昭和20)②静岡③伊東高校普通科卒④「鹿」⑤『揺れる』書肆青樹社、『隅でバーボンを飲んでた男』文芸社、『さようなら冥王星』『キヨ子』書肆青樹社。

 夕 日

ベランダで水分を飛ばし処理機で焼却する
それが私の生塵処理方

ベランダに広げた生塵には瞬時に小蝿が群がる

小蝿は世代交代が短い
我が家の小蝿も餌に合わせてみるみる増える
殺虫剤を振り撒いても何のその
煙るが如く舞い上り顔にぶち当ってくる

鳥肌はたつが 小さいからまだ我慢できる
もし蜂の大きさでこの数でブンブン唸ったら
ベランダを明け渡して逃げるしかない

今日も 空を紅に染めて夕日が沈む
私は夕日の紅に美しく染まり
目一杯増えた小蝿とその子孫たち
及び その将来と可能性
すべて丸めて処理機に放りこみ
大量虐殺のボタンを押す
快感を込めて

 長谷川 安衛 ハセガワ ヤスエ

①1932(昭和7)5・9②群馬③群馬大学学芸学部卒⑤『光と影』総光社、『野盗』思潮社、『見えない村』詩学社、『詩の周辺』紙鳶社、『隠れ鬼』煥乎堂、『山村暮鳥』ほるぷ出版。

 崖

神の領域へと続く白床の径は枯れ
小さな赤い実を揺らしていた
けものたちのにおいは風が運んでしまったが
何が吠えながらこの径を歩いたのか
何がおびえながらこの径を走ったのか

オホーツクの海へ向かったまま
断崖の深さで途切れている径は
おのれの内に向かって歩くしかないが
途切れてしまった思いは
いかなる言葉に託して投げればいいのか

神も棲まない日常の崖からは
飢えている子どもたちの
おびえている子どもたちの
深くえぐられた瞳の淵で
堪えきれなくなって
烈しくあふれてくるものが
見える

 長谷川 龍生 ハセガワ リュウセイ

①1928(昭和3)6・19②大阪④「山河」「列島」「火牛」「歴程」⑤『パウロウの鶴』書肆ユリイカ、『知と愛と』『泪が雰れているときのあいだは』『立眠』思潮社。

 碁石の妄執打ち

やさしい碁打ちの本をひらき
ひとりで置碁の学習をしていたら
白い石のかげに亡妻の面影があらわれていた
黒い石が白い石を攻めきれずに
一手ちがいで認知症のひとが肩をすかす
「あなたは どこの誰でしたか」

亡妻の棺のかたわらで
寺に数時間も早く来て坐っていた
別居してきて以来 時間が喰いちがう
飾ってある花々は奇麗だが
棺のひとは 完全に拒絶している
夏 やけに扇風機が廻っている

きょうは 何を食べたいか
いつも同じ 同じものを食べているので
選択の余地はない
白い石を打ちすえて
黒い石で責めたてる
責めるが 一手こぼしのはずれ打ち
よもやというもやが立ちこめる 明日は葬儀だ__

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