日本現代詩人会 詩投稿作品 第3期(2016年10〜12月)選評
厳正なる選考の結果、入選作は以下のように決定致しました。
【選考結果】
野村喜和夫選:
鎌田伸弘「雀時計」
神栖蓮「(世界 の)はてとね」
樽井将太「つぼみさん」
采目つるぎ「Vespa」
路瀬存「ふるえている」
高貝弘也選:
澤 一織「明日、東京に雪が降るかもしれない」
美薗ユウリ「雲のこと月のこと月のこと雲のこと」
上原梨花「かもめ」
マリィ「喪中」
発条ねりさす「おはじきおはじく」
長月千鶴「無題」
峯澤典子選:
上原梨花「かもめ」
八木獅虎「その男とこの男」
堀之内有華「インソムニア」
珠望「カリン」
(投稿数291作品・投稿者192名・入選作14作・14名/敬称略・順不同)
日本現代詩人会HP詩投稿欄 第3期入選作2016.10-12月
鎌田伸弘
雀時計
朝
いつものあさ
さあ
いつものように コーヒー片手に
いつものように 部屋の窓を開けると
そこは
いつもの朝ではなかった
頭上には雀の巣
雨戸のシャッターのすぐうえ
ぼくのあたまのすぐうえ
きのうまではなかったのに
いつのまに作ったんだろう
いつのまに巣喰ったんだろう
一羽の親雀が
ぼくの耳のすぐちかくで
ぶるる・・・と羽ふるわせ
ちちち・・・と嘴とがらせ
巣から飛び立っていった
それは 鳩時計のよう
であったものの
そのちいさな飛翔は
巣に戻ってくるかわりに
大気をゆさぶり 大地をゆるがした
ぼくはおもわず ぶるっと身ぶるいすると
手の中のコーヒーは 波立った
一瞬にして ブラックコーヒーは
ミルクコーヒー になった
すずめ色したコーヒー
雀カフェ<
ガブリと飲む
と
にわかに太陽は 光をうしない
世界は雀色になった
そしてぼくは ぼくのあたまは
雀に巣喰われてしまった
ちっぽけな雀だけれども
いっぴきの雀だけれども
ぼくを巣喰い
ぼくを救え
すずめよ
いつしか電柱には あまたの雀
ぼくのあたまには 一羽の雀
百万の雀と
一羽の雀
いくつもの朝と
たったひとつの朝
いつもの朝と
あらたなる朝
朝 さあ!
おはよう そして
ようこそ 雀の一族
いくつもの夜のあとの
いくつもの朝
九十九の夜のあとの
たったひとつのぼくの朝
いつまでも いつまでも
進め
すすめ
神栖蓮
(世界 の)はてとね
いいよ。
そうしていつの日かぼくはきみを知らないという
きみはオゾンの闇をゆびに溶き
やがては喪う原始反射のそらをよみ
ミルクまでの眠りを一緒に考えようか
泣いてくれないと母はきみを案ずる
でも
かけないつきをねむりにつかせるのが(わたしの)しごとなの
きみはそうして息を汲み
宵と彼は誰に水を編み
(チューブから)落ちる少しの乳を飲んでは
波動関数に思いはせるのはきみの日課で
みなみかぜのねをわたしみてみたい
ほいくきからでられたら 北極点につれてって
*
やがて陽に放つ音を研ぐ間に
きみのかみが撫でる草を分かつ
色と重力に
形取られている 声の穂
それでもきみはまだ尿を拭くこともできずにいて
世界の果ての小さな広がりのみが気になることの幸福
そうして
いつの日もきみはぼくを知らないといい
てにした蝋を救うかげのかるい呼気を祈る
樽井将太
つぼみさん
腹上ホログラム
輪廻カンベンな
知ったろう?
脱プラトニック、
わたしのような柔らかいところばかり
はこぶ根に
はこぶ根に手に、
(もこな丘ゆら
孔な胞衣
湿潤の、
しめらしや
しめらしや
しめらしや
(性愛の戯を透明に調味のこと
、抓み、
根があり垂れる
すぢポジション
それは萌芽でしょ
、蕊が
微か揺ら、
はこぶ根に、
はこぶ根に手に、
(掬う花弁がほしいよね
、吻の
肌理に蠕くすぢは遠く
凪いだ戯の
枕辺の眩暈
聞け、褪色した乳暈よ
白そこひの
はこぶ手に
ほとんど幼生の
裸だったろう
なら
根に
なれる
(霊よろ霊よろ
つぼみよつぼみ、
根に負けないで
眠りの
伽の艸の
劫ともいえる萌出の
、頭がない、
なら
ぱおして、
いっぱいぱおして、
根に、
ししかけて
セリーして、
まぶして、
采目つるぎ
Vespa
ときはおわる。それが気の迷いなら舌を咬み切る。五感をひとつだけ閉ざす。凪。同じ感情しか知らない。見えない弦が鳴る。反響している。羽音のような。そんな嘘くらいは見抜くよ。
クロエは奈落に吊り下がったまま名を呼ばれない。針。意に反してまた、ほのほのと熱を帯びる。硝煙を纏い裸の手を引かれる。ものがたりはおしまい。剥がれた心臓をもう呼び戻さないで。
知らない警告音に意識を揺り戻される。女神。怖気付いて塔を降りる。will。名前を消された少年と擦れ違う。ちぐはぐな翼は解けかかっていて、でもそれを止めようとしていた。「もう重力の墓場にしかならないんだよ」って云おうとして、声を失くしたことに気づく。
ガラス細工はまだ眼を閉じている。心拍数。神経衰弱も砂嵐も終わらない。舌に大きく✖️を書く。今日のことは忘れて。リヴァーブ。
路瀬存
ふるえている
ふるえている
除湿器のうえのガラスコップ
ふるえている
八畳一間できこえる声はテレビ
バラエティー
窓ガラスがふるえている
そうしてテレビは散歩した
けらけら池と
にこにこ野原と
くすくす畑を映しおわって
テレビはどこかへ駆け出した
電車では八畳もないのにひともたくさんいるのに
声ひとつ聞こえない
距離はもうたくさんだ
ひとひとりぶんのちっぽけな距離
おのれのいのちもはかれずに
響く声
バラエティー
ふるえている
ここは水槽のようだ
酸素がほしい
ひとにみられているようだ
息が詰まりそうだ
ふるえている
もっと奥で
澤 一織
明日、東京に雪が降るかもしれない
分かってるよ分かってるよ
この世界にはどうにもならないことがある
そんなこと分かっているんだよ
それでも身を切られるような報せが
突如となく襲い掛かる
この世にたった一人の妹が
不妊治療の末に一筋の灯りが見えたって
泣きながら連絡をくれたその数日後
激しい出血を伴った哀しみが
僕の耳にも届いた
ねぇ、神様がいるとしたら
真面目一つが取り柄だった妹は
何か悪いことをしたかい?
今、妹は病室で何を思っているのだろう?
そんな時にまた突然の地震で目が覚めて
急いでテレビをつければ
天気予報後に流れる本日の占いが目に入る
「魚座は最下位、ラッキーアイテムは」
罪ない答えを聞いた後
電源を消して、僕はまた途方にくれる
気晴らしに本屋に足を運んだ
秋に染められた道、落ち葉を鳴らして
少しの肌寒さぐらい可愛く想えたのに
妹の好きだった作家の新作は
育児体験記だった
ねぇ、神様がいるとしたら
真面目一つが取り柄だった妹は
何か悪いことをしたかい?
病院に着くと 義理の弟の敦君が
「またダメかもしれないです」って
笑顔を作ったと思ったら
膝から崩れていった
病室に入ると 妹が
「またダメかもしれない」と笑ってさ
「敦君にも申し訳ない、申し訳ない」と泣くんだ
僕はただ聞こえてくる二人の嗚咽に
目を瞑ることしか出来なかった
帰りの車の中
ラジオを流していると
「今朝の地震の被害は少なかった」
そんな報せが耳に入ってきた
僕はニュースにならない声に想って
ラッキーアイテムだというキャンディを
舌に転がして 滲んでゆく甘さに祈った
すっかり空は曇っていて
天気予報は、明日
東京にも雪が降るかもしれないと告げた
雪よ 舞い踊れ
すべての哀しみを連れて
雪よ 舞い踊れ
穏やかに哀しみを連れて
美薗ユウリ
雲のこと月のこと月のこと雲のこと
逡巡もない中断もない。
自壊する運動には音もないこと。
むら雲の集まる空の
夜の夜の夜
太い風の流れ。
指を一点にあてる。
追いかけよう。
触って滑らせると
大きな月は滲んでさらに大きい。
この世とかあの世とか
そうでない何処かから
雲が呼び合う甘い甘い甘いばかりの
深みを潜り抜け
浮沈し、進むもの。輝くもの。
表情の凹凸を削る光に
削り出されたものは何か。
猫の置物が並んだ部屋で育ち
藪柑子の葉の隙間から
あちら側を見る。
見るともなく見るので
あちこちへとぶ視線のチェーンも
今は動かないままその一端は
まだとぐろを巻いている、
古い座布団の
野分の刺し子
紺地に白糸の嵐の上で。
滅ぶべくして滅ぶもの
およそ倫理的でないもの
さして気にもされないもの
記憶の中に曖昧に居座るもの。
暗い側溝の底に落ち
光を溜める金色の性器。
堆積した汚泥に沈みかけるほど
ずしずし重い洋白に
金をメッキした男根と女陰が
顧みられることなく結合を続けている。
月に呼応する町の下半身が
人知れず貪る言語的快楽は
時間を持たない。
温度を持たない。
意思がないので表象もない
。 語られたものは総て誤りであり
語ることは総てを誤りにすることだから
今は、沈黙についてのみを
語っているのだ。
それが人間にとっての
月
月というもの。
雲
雲というもの。
上原梨花
かもめ
雪が燃える
私の生まれた日に
音立てて燃える雪は
奇妙に明るくて
父の陰から 怯えるように見つめていた
船乗りの父は 正月にしか帰ってこないが
節くれ立った指が 綿のように 私の頭をなでた
真っ白な町の思い出は そこでおしまい
バイバイ
ホテル暮らしももう長い
石油臭い歯ブラシ くわえて
空っぽのバスタブでずっと 歌っている
あなたの死の知らせ 水と一緒に降った
ラムネみたい 肺にいっぱい気泡があった
シャンプー中に 目を開けたら
真っ黒な海が見えた
洗いざらしの髪
電熱器
赤い
ことことと
あたしの骨が鳴いている
葬儀の花は 何にしようか
真っ赤な花を並べて 口いっぱいに食んだら
涙が出た
中洲に来てから 本当の故郷を 口にしたことはない
子どもの頃はいつも
雪が降る度 体中の傷がいたんだ
転々とした親戚の家 学校 港町 親のない子
二度と帰らないよ
夜行列車の中 トンネルの明かりを見て
やっと逃げられたんだと 思った
人は 彼が私を捨てたというが
私は彼の記憶を抱いて どうにか生きてきた
お父さん
真っ黒な海に浮かぶ たった一つの月灯りの
美しさを 語る横顔
透き通るイカを捌く 日焼けした指
朝の漁港に消える 紺色の長靴の 呼気の震え
ベッドの中で 汽笛が聞こえて 慌てて窓を開けたら
漁船の帰りを待つ 子供の頃に戻った
届かない手紙に入れた 咲かない種
腕一杯の 異国の土産より ただ会えることを望んだ
夢を見る方法だけ 上手くなった
私もかもめのように 飛んでいけるかな
マリィ
喪中
お風呂に浮かんだ子供の人形が悲しい
階段に横たわるぬいぐるみが悲しい
12月の赤い花が嫌になる
不謹慎にさえ感じる日々の暮らし
広い台所に罪悪感が募る
同じ物を食べたい
もっと孝行したかった
ありがとうが言えなかった
それに変わる何かも出なかった
最後の姿に呼びかける
そこで叫びたくなる
この広い世界に貴女はいない
もう会えないなんて信じられない
泣けない悲しみがどんどん浸透していく
今日を迎える私は決して1人の力では
なかったのに
死なないとわからないなんて
どれだけ心は絡まっていたのだろう
誰とも会いたくない
静かな冬に仏の話を読む
供養とは何か
検索から始める
発条ねりさす おはじきおはじく
あめだまみたい
おはじきおはじく
いちじく ?
「もう夕飯よ」
かーちゃんの声 はじけはじいて
すりガラスに滲む
おはじきおはじく
をはじく ?
「もう遊ばないの」
かーちゃんの声 はじくはじくと
ふりそでに隠す
おはじきおはじく
また明日 !
長月千鶴
無題
うつくしい光の中のボートは暗く陰っている
沼の向こうにはビルがボートを待っている
沼のこちらには畑がボートを繋いでいる
冬の冷たい風の中の空気は人を凍らせる
あなたと見たボートはうつくしかった
塗装の剥げたボートはまるで童話のこどものよう
白鳥になんてなれやしなかったボート
明るい色を汚く染めた暗い汚れ
あなたに惹かれるわたしのようなボート
乗ろうなんてあなたは言ったかしら
いいえあなたは言わなかった
あなたとボートを見たんだったかしら
いいえあなたはいなかった
わたしは誰とボートを見たのだろう
わたしは誰と其処に行ったのだろう
沼の底はきっとうつくしいわ
あなたは其処にいるのだもの
あなたの手を離したのはわたしだった
わたしも其処に連れて行って
ビルとマンションがあなたを歓迎してるわ
だって今日は素晴らしい日だもの
あなたなんて最初からいなかった
あなたを拒絶したのはわたし
あなたは最初から沼になんて行かなかった
沼に行ったのはわたしひとり
ビルとマンションは藪から出てきたわたしを見ていたわ
わたしは溶けた塗装
あなたは新しい塗装で美しくなるの
わたしは沼の底で美しい塗装を待っている
八木獅虎
その男とこの男
ニュージャージーの少女が
バースデープレゼントに歓喜している
あーああー
そんなにはしゃいでリボンほどいて
ビリビリやぶいてもったいない
真っ赤な包装紙
いつかなにかに
つかえるかもしれないのに、いつか
なにかに、いつかはなにかに、つかえる、
かも、といわれつづけて
たやすくやぶれなくなったものがあり
そのうちいずれはと、捨てれずに
とっておいてあるものがあり
かさばってしかたがないが
おもに、ではないので
いつでも捨ててしまえるだろうと
ふふふんと、読みおえた雑誌を
ピラミッド状にかさねているけれど
うまくまとまらずに倒れてしまうから
おさえたままで動けずに
潰されそうになり、必死にその場で
口をきかなくなっても、慎重に
封、切れなくてもいつもやさしく見守られ
ドンマイドンマイと
いわれればいわれるほど緊張がひたはしり
身震いして
成犬が、鎖をふり切るかのように男が
アパートの一室にたてこもりました
との速報が
鉈のようにさしこまれ
プレゼントのなかみをみとどけずに
ニュースへと切りかえると、ライブで
いわずかたらずバリバリとやぶったのに
すでに真っ赤な光の群れに
包囲されているもようの男、にとっては
かさばった包装紙が
あまりに重い、おもにだったのかそれとも
切り貼りしても、しても、しても
完成しそうにないちぎり絵の
つぎはぎだらけのありさまのむこうで
ひろがっていく余白のあまりの広さと速さに
つかれはて
可能性とか可燃性とか捨てさって
とうとう黙って、沈黙やぶってしまったのか
人質はとったのか、とっていないのか
ちらちらと気にしながら、あす捨てる
ハンバーガー状にならびかえて安定した
雑誌を荷紐で十字にゆわえる
きつく結べるように
ちょっとのあいだ結び目をおさえててくれる
だれかがそばにいたならば
おもに、は重たくなかっただろうか
インソムニア
堀之内有華
なぜそらは青いのだろうなぜそらは、赤いのだろう
下校中のインソムニア、きみは
誰かに愛を奏上するつもりだ
カチューシャの跡をそのまま、光らせて
魂、
とんだ、
鳴き声をあげて
そらをとんだ
青くも赤くもないところ
アルトリコーダーの練習帳そしてダンゴ虫の絵本
すきなものを順にならべ
じょうずに呼吸する、インソムニア
なにになれるか
虹になれたら、きっといい
誰にでもわたれる虹がいい
誰かが
よんだ、
物語
のような、
原始
のような、
白いものえんえんと
とびかう
どうすれば願いがかなうのだろう
夜通し考えて
また目がさえている
きみは、
ねむっているよ、インソムニア
そらをみるときにずっと窓をとじている
もうそろそろ
いかなくては
このリコーダー
この本
耳をかすものがなくても、そこにありつづけるもの
楽しげに、
とぶ
ひゅうひゅうととぶ
ときどきくるりと旋回する
落ちることなど心配はなにひとつない
聞こし召せと
いのちをかけただいすきに捧ぐ
登校中にそらをみた
ただ青く、虹はやっぱりまだかからない
珠望
カリン
いつだったか 匂いが無かったから
みあげれば ひどく腐ってしまって
雪国の風にこわばるようにして
しぼむところをみてしまったから
こがねいろの季節はつい今朝のことだったはずで
それなのにいまはかじかんでいるのに
しわのあいだでわらっているところをみてしまったから
毛布の内で 冬を控えめに迎え入れてみる
あんなにほこっていただりあの花が
しょぼくれたオーガンジーの切れ端だった
ひかえめな秋明菊のことはいつのまにか忘れてしまっていた
いつになくよくしゃべる鳥たち
あれは つぐみ?
白い空気がやってくる
ぼろぼろのかかとを啄む
かわいた音で目が覚めた
色を思い出せないでいる
選評
野村喜和夫
今回も面白い作品がいくつも寄せられ、選に迷いました。うれしい悲鳴をあげながら、順不同に選評を述べてみます。
鎌田伸弘さんの「雀時計」。相変わらず言葉の運びがうまい。誰にでもわかる言葉で、ここまで読者を惹きつけることができるのは、語ることにおいて、作者にはやはりかなりの力量があるということでしょう。言葉遊びも巧みに織り交ぜて、それが状況の変容をつくり出しているような摩訶不思議もあり、つまり語りとナンセンスの融合がおそらく鎌田さんの美質となるのではないでしょうか。
路瀬存さんの「ふるえている」。この作者も詩作の手つきが鮮やかですね。「ふるえている」という動詞を軸に、前後の行に主語らしき語を配してゆくという構成ですが、そのあいまいなシンタックスと、テレビが散歩するという奇抜な発想のうちに、いつのまにか、主体なのか世界なのか、いやその両方にまたがったなにかしら名状し難い不安そのものが「ふるえている」という結尾。しかも、全体として日常性批判の切実な声が伝わってきて、そのあたりにも好感がもてます。
神栖蓮さんの「 (世界 の)はてとね」。不思議な世界が書かれていますね。この世に生まれ出たばかりの「きみ」の感覚が、親であろう「ぼく」の観察を通して書かれてゆくのですが、「ぼく」と「きみ」は属性を交換し合ううちに次第に融合し、そこからいわゆる「インファンス」、言葉なき幼年が言葉として析出されてゆくかのようです。「てにした蝋を救うかげのかるい呼気を祈る」──この未だ意味に至らざる言連鎖の無垢に乾杯!
樽井将太さんの「つぼみさん」。鎌田さん同様、入選の常連になりつつあるので、そろそろ外そうとは思うのですが、つい、その言語態の魅力に負けてしまいます。前回の評言をほぼそのまま繰り返せば、シニフィエとしての肉の生動と、シニフィアンとしての言葉の肉感が絡みに絡んで、全体としてすてきな非意味を醸し出しているということになります。
采目つるぎさんの「Vespa」。この作品もまた半分意味不明ですが、マニエリスム的な書法のうちに、「ときがおわ」ったあとの、いうなれば死後の生のような妖しい雰囲気が書きとめられており、才気を感じさせます。ただ、これは好みの問題かもしれませんけど、ややペダントリーのほうに傾いているきらいもあり、もうすこし開かれたところがあってもいのではないでしょうか。
なお、選外佳作として、ないえさんの「(そいつは腹の中に)」、堀之内有華さんの「インソムニア」、村田麻衣子さんの「おだやかなひとがころされました」を挙げておきます。
高貝弘也
澤 一織「明日、東京に雪が降るかもしれない」。タイムリーな話題をはさんで、いま作者の周りの深刻な問題を直視している作品。二度繰り返されるこのリフレイン「ねぇ、神様がいるとしたら/真面目一つが取り柄だった妹は/何か悪いことをしたかい?」は、歌のサビのように強く響く。この後も確実に引きずっていかねばならない覚悟がいる。
美薗ユウリ「雲のこと月のこと月のこと雲のこと」。作者が、作者なりの詩情を捉えていることは確かに感じられる。けれども「今は、沈黙についてのみを語っているのだ。」とは、どういうことなのだろうか。「語ることは総てを誤りにすることだから」と言っているのにもかかわらず。思弁的になりすぎず、もう少し、クリアーに書いてもらいたいとわたしは思うのだが。
上原梨花「かもめ」。お父さんへの、故郷への、哀傷深い作品。雪の詩句――「雪が燃える/私の生まれた日に//音立てて燃える雪は/奇妙に明るくて/父の陰から 怯えるように見つめていた」「子どもの頃はいつも/雪が降る度 体中の傷がいたんだ」は光っている。どきっとする表現が、切々と響くのは素晴らしい。真剣な言葉への取り組みをこれからも期待したい。
マリィ「喪中」。貴女とは大人なのか、子供なのかわからない。親族であるのかどうかも……、謎のままだ。同居していたことは確かなように思える。不謹慎と罪悪感のなか、「静かな冬に仏の話を読む/供養とは何か/検索から始める」のが、ささやかな希望であるだろう。
発条ねりさす「おはじきおはじく」。ばらまかれた、色とりどりの、おはじき遊び。「おはじきをはじく」を「おはじきおはじく」という言葉遊びが楽しい。「もう夕飯よ」との「かーちゃんの声」が「はじけはじいて」という飛躍も、なかなかなユーモアだ。まことに楽しい。
長月千鶴「無題」。不思議な魅力をたたえた詩篇。一行目「うつくしい光の中のボートは暗く陰っている」が、全体を提示していていい。タイトルは付けてほしい。タイトルは詩篇の要であるから、その困難さと格闘してほしいと思う。そして五連目だが、落ちのようにならないよう、いかに書かないか、考えてほしい。「あなた」が存在することが作品の強度になる。
峯澤典子
今回も読みごたえのある作品が集まった。詩を書き始めたばかりという方や、若い世代の作品からは、かたちにとらわれずに書く楽しさが伝わってきた。
日常の出来事に対する嘆きや呟きを同じ視点から淡々と繰り返すのではなく、今見えているものから目を離し、さまざまな現実や想像の新しい輪郭を視界に入れながら、少し飛んでみる。多少の迷いを含みながらも、自分らしい言葉で飛躍する。そんな勇気が感じられる作品を選びたいと思う。
上原梨花さんの「かもめ」。
前回、上原さんの詩を初めて読み、北陸を思わせる土地の空気、海、雪、花、といった鮮やかな断片から覗く、詩を支える物語のほの暗い豊かさに惹かれた。
今回入選とした「かもめ」では、短い連ごとに、目に映るものが素早く移り変わってゆく。「頭をなでた」「洗いざらしの髪」「骨が鳴いている」「口いっぱいに食んだ」「傷がいたんだ」「呼気の震え」といった、身体の重さと熱を伴う言葉が挟まれているおかげで、それぞれの場面の残像が生々しい触感として現れる。五感を火花のように差し込んでゆく展開の若々しい勢いと、体温を感じさせる素直な語り口にも引き込まれた。
八木獅虎さんの「その男とこの男」。
「包装紙」「やぶる」「おもに」(重荷)というキーワードをちりばめながら、まったく交差しないはずのふたりの男の数分間をひとつの流れへと呼び込む軽快な語り。一行のアキも作らず、ひと息に表した、ある一瞬の出来事の臨場感。最終行の「おもに」に行き着くまでを、面白く、一気に読ませてしまう工夫と余裕。
堀之内有華さんの「インソムニア」。
いくつかの「なぜ」という問い。それに答えるように響く、「インソムニア」という呼びかけのリズム。今見えているものと、遥かなものを同時に描いてゆく、歌う言葉の躍動感がまぶしい。連から連へと重なってゆくイメージを濁らせずに、軽やかに、自在に駆けてゆく一篇。
珠望さんの「カリン」。
いつのまにか腐ってしまったカリンとともに色褪せていったものを探りながら、意識のなかの時間の流れと現実の時間のずれをゆっくりと確かめようとする視線。まどろみの途中で現れる鳥の声と白い空気の清冽なイメージが、褪せた世界に新しい季節を呼び込む。
軽いスケッチのように簡潔だが、掴めそうで掴めないものをそのままに夢の気配として描いた、呟きのやわらかさ。
また、選外佳作として、それぞれに魅力的な、西原真奈美さんの「横浜 外国人墓地」、白島真さんの「鉛管のカデンツァ」、櫻井周太さんの「朝の蟹」を挙げておきたい。