日本現代詩人会 詩投稿作品 第12期(2019年1-3月)
厳正なる選考の結果、入選作は以下のように決定致しました。
【選考結果】
金井雄二選
【入選】
宮永蕗「帰宅」
【佳作】
清見苳子「渚」
鎌田尚美「銀歯」
初次智子「回遊」
杉口和樹「夏の弔ひ」
中島悦子選
【入選】
鎌田尚美「銀歯」
【佳作】
大石瑶子「熱情」
あさ「寂しさの分解レシピ」
春紫苑「ヴァージンの鼓動」
岡堯「訪問者」
作品数366、投稿者284
宮永 蕗――帰宅
空のふちがワイン色に染まるころ
遠く海ぎわの松林の上に
何羽ものトビが
ひしゃげた輪を
もやり、もやり、描きあうから
空がゼリーのような
粘度を持ったことを知る
夜が垂れて来ないうちに
急ぎ足で帰る
ランドセルから取り出して
鍵を回して入る家の中には
薄闇が沈殿していて
ため息で舞い上げないうちに
すばやく電気をつける
朝の慌ただしさそのままに
椅子の背にかけられたエプロンや
投げ出された新聞が
空白を語りだす前に
リモコンを拾って
テレビをつける
大丈夫
まもなく姉が帰宅し
母の車の音も聞こえ
そのうちに、父も帰ってくるだろう
満ちてゆく、闇夜に浮かぶ方舟のように
家は明るさを増してゆく
鎌田尚美――銀歯
月の光が樹海に射し込むと、銀歯は自分の宿主だった男の白
骨のまわりを動きはじめる。右手の人差し指の煙草の匂いが
染みついた肉はとっくに腐って無いが、銀歯は男の指骨にあ
いさつをする。
男は起床すると一服するのが習慣だった。
今日、銀歯は左腓骨が無いのに気がついた。
山犬が持っていったのだ。
銀歯は男の姿をひととおり確認すると糸切り歯を探しにいく。
落葉のうえを転がってゆき、土の中に昨日より深く埋まって
しまった糸切り歯にはなしかける。
男が三十年都会で暮らしても消えない東北訛りを、同僚にか
らかわれるといつも銀歯をぐっと噛み締めたことや、好物の
はたはたが挟まったのを取ろうと、舌先で銀歯をなんどもな
んども擦ったのがとてもくすぐったかったことなどを。
男の口中に唾液があふれるのを思い出し、銀歯はシダの斜面
を下りてミズナラの根元の苔むらに冷やされにいく。
月が真上に上がるころ北風が吹いてきた。
風は男の小さな骨や髪の毛をどこかに飛ばしてしまうので、
銀歯は大嫌いだったが、近ごろは風がソヨゴの葉を鳴らして
男の骨を獣から護ってくれるのを知った。
今では風とソヨゴの奏でる音は、
男との婚礼の寿歌のようだ、と
銀歯は思う。
金井雄二選
【入選】
宮永 蕗「帰宅」
題名からイメージすると、現在の「帰宅」かと思いきや、そうではありませんでした。小学生時期の記憶を書いたものでしょう。くどい状況説明がなく、それでいて状況がしっかりわかり、なおかつ詩の輪郭がはっきりとしています。それ故、帰宅時の不安定な気持ちがくっきりと表れ、家庭の明るさが対比されるのです。もちろん、読者に「自分にもこういう経験があった」というような共感を呼ぶでしょうが、それだけではなく、具体的な言葉の中から生まれる、意味だけではとらえられない雰囲気を持っている作品だと感じました。詩の書き方が一段と飛躍したと思われましたので、入選といたしました。
【佳作】
清見苳子「渚」
詩としての形や、表現の仕方、自分なりの技術というものをすべて持ち合わせているような気がして、とてもいい作品だと思いました。ある意味申し分のない作品かもしれません。ただ、詩はそこが不思議なもので、それ故にもう一つ何かが欲しいと感じてしまいました。これは私の欲かもしれません。
鎌田尚美「銀歯」
鎌田さんの作品はいつも、読ませてくれる作品で、大変おもしろく拝読しました。銀歯を変に擬人化せずに、銀歯そのもととして動かしていて、それでいてリアル感を持たせています。とてもいい詩だと思いました。今後、どのような詩を書かれていくのか非常に楽しみです。
初次智子「回遊」
詩の第一行はとても肝心です。この作品の第一行目はとてもよかったと思いました。読者の、読む意欲というのは、次に何があるのかという期待感でしょう。最後までその緊張感を持ったまま突っ走ったような作品でした。まだまだ言葉はいくらでも発することができそうな感じですが、無駄な言葉はいりません。もっと多くの作品を書いて、自分のスタイル、言葉を模索してください。
杉口和樹「夏の弔ひ」
少々、感傷的な部分もありますが、何かを表現したい、という思いがあふれているように感じました。その表し方が自然であり、さわやかでした。詩を産み出していくその根幹において、非常に健全なものを感じたので佳作といたします。もっと多くのすぐれた詩作品を読み、どのように詩の言葉が形成されてきたかを感じるとよいと思います。期待しています。
中島悦子選
一年間、若い投稿者の詩を特に興味深く読ませていただいた。これから芽吹いていく言葉がどのようになるのか。思いのほか、若さの中に溢れかえるほどの「死」があった。それは、観念的なものなのだが、死に憧れたり攻撃的になったり、死を恐れたりする状態がぶつけられていた。表面的には平和でものにあふれ、若さと豊かさを享受しているかに見えるが、心の中は不思議にも死と隣り合わせなのだった。横浜美術館での最果タヒ展(2019.1)にも、若い人が列をなして見にきていた。吸い込まれるような魅力的な死の言葉の森へと…。
それが命ある私達の永遠の課題なのかもしれない。死を越えて死を見つめる。弱い目も強い目も、病んだ目も、正常な目もそこには溢れる。たとえ、老年期を迎えてより具体的になった死でさえも掴むことは難しい。諦念と覚悟、郷愁、親和性が加わったとしても。
様々な人の生の言葉を見続けたことを重く受け止めたい。人間は言葉でいったい何をしようというのだろうか。
【入選】
鎌田尚美「銀歯」
鎌田さんの作風は、いつも物語の展開が奇抜だった。その奇抜さを説明することに終始しているようで、私にはかえって堅苦しさを感じさせることもあった。本作は、「銀歯」というノスタルジーのある物が、野ざらしの死へとつながっていることが面白かった。このユニークな作風を生かしながら、客観性に磨きをかけていくとさらによいのではないかと思う。
【佳作】
大石 瑶子「熱情」
現代人の弱く繊細な恋や繋がりを虚無的に見つめながらも、明るさが感じられる不思議な作品だった。「ちっぽけな電気信号」「ピリリと電流」が走るだけなのに、世界を見渡すことができる新鮮さがある。ただし、「E.T.みたいに」は省いても詩に影響はなかった。むしろ映画の映像に寄りかからないほうがよい。年間を通して、言葉の清潔感に心を惹かれた。
個性的な世界を花開かせてほしいと思う。
あさ「寂しさの分解レシピ」
「寂しい気持ちに囚われているとき」は、誰にでもあるが、自分の実感を大切にして書いていた。「寂しさ」に溺れることなく、「お湯に溶けないんですよ」というユーモアーはよかった。最後の二連は、タイトルから離れてしまい残念な印象を受ける。「レシピ」にこだわったほうが説得力が出たのではないかと思う。
春紫苑「ヴァージンの鼓動」
「もう少しで終わってしまう」のは何か。いろいろと想像できて、詩の世界が思いのほか広がる感じだ。悲壮感はなく、未来を待ち受けているのは若さの特権であり、今しか書けな
い世界観だと思う。みずみずしい感性で力いっぱい書き続けてほしい。
岡堯「訪問者」
人生では、様々な出会いがある。「ほんとうに会いたいひと」とは誰だろう。時にひたすら受け身で待ち続けるような人、わざと表玄関で待たないようにして…。時間の経過をたどるうちに、詩の登場人物の心の情景や間取りが浮かびあがってきた。