現代詩の普及に関して、広く裾野を広げるために子ども時代から詩を書く楽しさに触れてもらうことを目的として、その活動に関わった個人や団体を現代詩人会の活動とは別に紹介するページです。今回は、公立の小学校で図画工作の授業に詩を取り入れて、子どもたちのポエジーを育てる試みを紹介します。    中島悦子

詩と美術を通底するポエジー                静岡県浜松市立中ノ町小学校教諭 有川貴子


1.「いろんな『まる』を楽しもう」−「まる」(谷川俊太郎氏作)の詩から

 私はこれまで約20年間、静岡県で小学校教員として勤務してきました。中でも詩を教材として取り入れた図画工作科の指導に関心をもち、多様な授業を試みています。

 きっかけは、谷川俊太郎氏の児童詩作品「まる」を音読したり歌ったりしながら、子どもたちにそれぞれが感じた「まる」を線で描いてもらおうという授業(平成27年実施)です(①)。幸運な御縁を頂き、その授業には谷川俊太郎氏の御子息であり、「まる」の作曲を手がけた谷川賢作氏がピアニストとして、また浜松市で活躍する歌手の泉谷むつみ氏が歌い手として参加してくださいました。(「まる」の内容と、谷川賢作氏の楽曲については、以前に谷川賢作氏がhttps://www.youtube.com/watch?v=qqs8-OG-IpM にアップしてくださっています。ぜひご覧ください。) 

 授業の始めに、谷川賢作氏と泉谷むつみ氏が多様な曲想で「まる」を演奏・歌唱するのに合わせて私が色々な「まる」を描いてみせると、子どもたちの顔がぱっと明るくなりました。「やってみたい!」の声に応えて、私は体育館に大きな紙を広げました。「まる」の詩、楽曲、歌声に合わせて、子どもたちは、自分の考えた「まる」を描いていきました。一人ひとりの「まる」を描くことだけでなく、その後に友達の描いた「まる」を鑑賞してどんな風に描いたのか語り合う時間も、とても楽しいものでした。

【「まる」の詩を味わう図画工作科の授業①】

 この授業は小学校2年生を対象にしたこともあって、詩に加え音楽の要素も取り入れていたものの、詩の言葉を手掛かりに、子どもたちが楽しく一人ひとりのイメージを広げていく様子に驚き、図画工作科教材としての大きな可能性を感じました。

 谷川賢作氏との「まる」の授業は、この後も少しずつ形を変えながら、数回の機会を頂いています。下の絵は、クレヨンで「まる」を描いた授業での、ある2年生の子どもの「なかよしの『まる』」と「けんかしちゃった『まる』」の作品です。谷川賢作氏のピアノでいくつかの異なる曲想の「まる」を歌って、多様な表情の「まる」を想像したようです(②)。これらの「まる」の授業との出会い以来、図画工作科の授業に詩を取り入れる試みを続けています。

【「まる」の詩を味わう図画工作科の授業②】
  

2.詩と子どもたち

 これまで、図画工作科や国語科などで、小学校のどの学年の子どもたちとも詩を一緒に学んできました。どの子どもたちにも感じるのは、やはり「子どもたちの感性にはかなわない!」ということです。教員(大人)の予想など軽々と超え、子どもたちは想像を広げていきます。ある時は、学級で親しんだ詩を「ぼくだったら」「私だったら」と、替え歌をしながら想像をどんどん広げて楽しみ、その詩は子どもたちの大のお気に入りになりました。またある時は、子どもたちが創作した詩を発表するのに「先生!私はこれを歌いながら読みたいです。オルガンで曲を弾いてください。」「ぼくは、みんなに静かに聞いてもらいたい気分です。」などと一人ひとりがしたい方法で発表が始まり、私はその様子に驚きながらも、子どもたちが創作した詩の朗読を楽しませてもらいました。

 言語芸術の中でも、詩はとりわけ子どもたちを自由にしてくれるように感じています。また教員として、そうなるように詩を子どもたちに提供するべきだとも思っています。子どもたちは物語ももちろん大好きなのですが、一人ひとりのより多様な解釈や想像を受容してくれることが、教材としての詩のよさの1つであると考えています。

 

3. 「2023年、6年生のきみへ」−「最初の質問」(長田弘氏作)の詩から

 次に御紹介するのは、「2023年、6年生のきみへ」と題した授業です。教材として長田弘氏の作品「最初の質問」を取り上げ担任していた6年生の学級で授業をしました。  

 「最初の質問」は、既に図画工作科の教科書にも取り上げられたことのある詩です。この詩には、32の質問が書かれています。すぐに答えたくなる質問、少し考えを巡らせたくなる質問、答えを絞るのが難しく感じるような質問、様々です。この詩に散りばめられた32の質問のどれかに、子ども一人ひとりの琴線に触れるものがあると考えました。また思春期に差しかかった6年生一人ひとりと、「最初の質問」の詩から思いをもって絵を描く活動や作品を通して対話してみたいとも感じ、教材に選びました。


【「2023年、6年生のきみへ」学習の流れ(4時間扱い)】






 

 授業では「最初の質問」の詩を「2033年のわたし」から来た手紙であるという設定にし、10年後の自分に今のわたしを伝える絵葉書を描こうと投げ掛けることにしました。

 始めに画用紙で作った大きな封筒を子どもたちに見せ「10年後のあなたから、手紙が届きましたよ。」と私が言うと、子どもたちからは「ええーっ。」と驚きの声と笑いが起こりました。そしてその封筒から「最初の質問」が書かれたワークシートを取り出し、配布して朗読を始めると、子どもたちも真剣な表情になって詩を読み始めました。詩を読み終えたところで、私は子どもたちに、「どの質問が気になったかな。」と問い掛けました。すると何人かから「『あなたにとって、いい一日とはどんな一日ですか。』です。嬉しいことがあった時とかかな。」「『人生の材料は何だと思いますか。』を選んだ。すぐには答えられないけれど、なんか気になる。」と声が上がりました。そこで、気になった質問や答えてみたい質問を見つけ、ワークシート上段に線を引き、中段に質問への「お返事」を言葉で考えてみるよう促しました。子どもたちは一つひとつの質問をじっくり読みながら、思い思いに線を引いていました。

 次に私は「どんな『お返事』を思い浮かべながら選んだかな。」と問い掛け、選んだ質問や読んで考えたことを紹介し合う時間を設けました。子どもたちは選んだ質問や読んで考えたことが人によりかなり異なっていることに驚いたり、理由を尋ねたりしながら話し合っていました。

                 【ある子どものワークシート】

    
 ある子どもが「何歳のときの自分が好きですか。」の質問を選び、「この質問を読んで、私は7歳の頃だと思った。今の私に比べて素直だったし、悩みも少なかった。」と話すと、聞いていた子どもたちから共感の声が上がりました。また別の子どもは「樹木を友人だと考えたことがありますか。」の質問を上げ、「僕は家の庭に植っている小さい頃からある木が好きで、実は嫌なことや悩むことがあると、心の中だけれど、話し掛けることがある。」と発表しました。その子どもがそのようなことを語るのは初めてでしたが、周りの子どもたちは感心した様子で聞いていました。そしてこれらの発言を皮切りに、子どもたちは次々と一人ひとりが感じたことを語り始めました。私は、この段階から多様な思いが表れ得ることが詩のよさだなあと実感しながら、話を聞いていました。

 選んだ質問への自分なりの「お返事」が書けてきたら、「お返事」の言葉から想像したものを、ワークシート下段にさらに言葉で広げたりスケッチしたりするよう促し、段階を追って個々の思いが色や形、具体的イメージにつながっていくようにしました。言葉で書いていたお返事から「ピンク」や「丸、橙」などと具体的な色や形を書いていく子どももいれば、「ふわふわ」「ザアー」のように、イメージをオノマトぺで表していく子ども、自然にスケッチを始める子どももありました。私はこれを、子どもが詩の言葉を自分の感覚に落とし込んでいる瞬間と捉え、一人ひとりの考えを認めながら声を掛けるようにしました。

 詩によって生まれた子どもたちの多様な思いを生かすため、この授業では、作品として絵葉書に表現する「今のわたし」は抽象も具象でもよいことにしました。また、画材や表現技法も自由としました。以下に子どもたちの作品の一部を紹介します。絵葉書の作品に添えられた詩は、それぞれの絵葉書の作者が寄せたものです。どの絵葉書も詩も、「今のわたし」にしかかけない作品です。10年後、2033年の彼らは同じ質問に何と答えるようになっているでしょう。変化してゆく自分もまた、楽しんで欲しいと願っています。












5.おわりに

 「詩は絵のごとく」の言にもあるように、古代より詩は美術との親密さが言われてきた言語芸術です。私はこの、詩と美術の両者を通底する“ポエジー”に注目しています。“ポエジー”はそもそも想像を掻き立てたり、インスピレーションの基になったりするものという意味のある言葉のようですが、西脇順三郎氏は、著書『詩学』の中で、詩作の目的とは、「新しい関係の発見」であると述べられています。詩作という表現手法を美術における表現手法に置き換えて考えてみても、私には、この「新しい関係の発見」という言葉と、子どもたちの学ぶ姿がぴったり重なって感じられるのです。

 詩の言葉は、表現に向かう子どもたちに「新しい関係の発見」のきっかけをもたらしてくれます。自分と他者、自分と身の回りの出来事、そして自分と自分自身について。それは、瑞々しく子どもの命が輝く瞬間です。私はこれからも、詩や図画工作科の作品を通して、そのような瞬間に立ち会うことができたらいいなと考えています。

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