現代詩の普及活動
≪2022年8月≫
「子どもへの詩の普及」
その様子や記録を紹介していただくことになりました。
岩手県の詩人・菊池唯子氏にお願いしました。
(子どもへの詩の普及担当理事・長田典子)
「子どもに詩を広げるために」 菊池唯子
「詩の授業」と聞くと中学生は「えーっ。」と悲鳴をあげる。それを、「きゃーっ。」という歓声に変えるのが、詩人でも教師でもある自分の仕事だと考え、実践してきた。出会ってきた子どもたちの多くは、詩に接する機会が少ない。そのうえ授業でも軽く読んだり技法を教えられたりするだけだったのか、大多数の生徒が苦手意識をもっている。そこで考えたのが、舞台装置としての設定(いつ、どこで、だれが)を意識させること、読みの中で互いに発見したことを交流させ、重要な表現に気づかせること、さらに詩の授業を踏まえて定型詩としての俳句や短歌の創作授業をすることであった。二〇一三年、日本宇宙フォーラムの「地球人の心プロジェクト」に参加した盛岡市立繋中学校(今は廃校)では全員が宇宙の短歌、俳句を作り、その作品と授業の様子を収めたDVDが国際宇宙ステーションに打ち上げられた。授業では宇宙の話の講師は山中勉氏、その場で書く俳句、短歌の指導を菊池が行った。そのようなことが実現できたのは繋中学校が小規模校で、全員に同じように詩の授業ができ、書くことに積極的な生徒が増えていたことがあった。現代の、ともすればバーチャルな世界に逃げがちな子どもたちを、言葉でつないでいく力があるのは、国語の中でも詩であり、その特徴を生かした授業ではないか、と思う。今回は自分の作品(生徒は作者が誰であるか知らない)で行った授業の再現を試み、授業の可能性の一端を示したい。相手は「初めて詩の授業を体験する中学生」とする。実際の授業は生徒の反応を元に進めていくが、今回は教師の話しかけで示す。また、字数の都合上、一部を除き常体で記す。教材はプリントで渡し、初めに一度音読し、生徒にも小声で何度か読むように時間をとってから始める。
輝きの中で 菊池唯子
生まれたい卵があるから
親鳥は温める
卵の中でつつくひよこがいるから
親鳥もつつく
一粒の種に詰まっている夢で
大地は温かい
厚い根雪は水のみなもと
はじけそうにふくらんだいのちが
あちこちで
時を待っている
ほんの少し
春を先取りして
校舎を巣立っていく君たち
その先の未来に
たくさんの手が待っている
いつでも
進んで身を開いていけるように
まっすぐに伸びて
まぶしいほどに大きくなって
そして 深い水脈では
いつまでもつながっていられるように
またいつか
会おう
まぶしいほどの陽射しの中で
輝きつづける
この 空の下で
この詩を読んで、「いつ」、「どこで」、「だれが語っているか」、について考えてみよう。詩の言葉は単なる記号ではなく、だれかの肉声だ。そう思って読むと、詩の「不思議の扉」が開いてくる。実は、いきなりテーマを探したり、何となく読んだりすると、苦手意識をもちやすい。逆に、この三つにしぼって読んでいくと、詩を「行ったり来たり」しながら読むことができる。詩の読み方は、そのようにして全体を読んだり、部分を読んだりしながら「はっ」と気づいていくことだ。気づいたらどんどん発言していこう。
- 「いつ」を読む。…… 短詩型で大事にされるのがこれ。
人間が生きている限り、必ず「時間」が影を落としている。映画なら、初めのショットでわかる。でも詩は、言葉から映像を作っていくことが大切。だから普通は作品の初めの方に「時」を表す表現がある。この詩の場合は最初の四連に、抽象的な内容が描かれている。手がかりになる言葉は「根雪」。長い間積もっている雪だ。冬だろうか。三連目に「大地は温かい」ともある。矛盾している?けれど「対比」をつかって何かを暗示しているのかもしれない。そのように読んでいくと「いつ」は五連で一気に説明される。「校舎を巣立っていく」というのは何の時期?あ、卒業の時期、三月か。
- 「どこで」を読む。…… 「校舎」とあるので、学校。でも一語で安心せず、「どんなとこころか」を探してみよう。
「ほんの少し/春を先取りして」とあるが、三月でも周囲にあるのは「厚い根雪」。雪を「水のみなもと」ともいっているので、分厚い雪に覆われた、湿った土地。種も雪の中で、はじけそうにふくらみながら「時を待っている」。生命力が詰まった状態だね。で、空は「まぶしいほどの陽射し」に輝いている、そういう、北国の卒業の日。
- 「だれが」を読む。…… 五連で「君たち」といっているから、「君たち」に向けた詩だ。
では、だれが(どんな立場の人が) 語っているのだろうか。第一行に「親鳥」とあるから親だろうか? でも九連で「またいつか/会おう」、とある。まさか卒業と同時に独立するの?
気づいただろうけれど、「親鳥」は比喩。とすれば卵やひよこも比喩。ではなぜそこから詩が始まっていたのか。それは古くからの禅の教えにある「啐啄(そくたく)同機(どうき)」という言葉を踏まえているから。子どもが成長して殻を破ろうとするとき、同時に外から刺激を与えて、割れやすくするはたらきが□□には大事だとされています。さて、□□に入る二文字の言葉は何でしょう。・・・そう、教育です。
- 読みをつなげる、広げる、深める。……この詩を語っているのは、先生。
では、どんな思いで、「君たち」生徒に語りかけているのだろうか。詩の後半は、テーマの読みになってくる。また、これまでに出てきた種、大地、水、空、というイメージのつながりは、単なる背景ではなく、それ自体が力を持ってその思いを強めている。思いを二字で表してみよう。そしてどうしてそう思ったのかを隣の人に伝えて欲しい。(成長・愛情・再会などなど、別れはさみしいけれど、未来に希望を持っているね。)
実際には、思いつきや間違いも交流しながら、詩の読みの「発見」の過程を共有していく。発見した、詩を読んだ、と感じるとき、生徒はかなり深い世界観を語ることができる。それは、言葉と五感を関わらせながら、自分をひらいていく時間になる。複数の作品を組み合わせて単元を作り、選択した詩について交流し合う機会や、句会、歌会で互いの作品を鑑賞する機会を持つ。思い込みかもしれないが、「詩でしか味わえない」経験を持った生徒は、大人になっても詩を読み続ける、と期待している。そして、それには、「詩」というものの価値を全身で伝えようとする、導き手の存在も不可欠であると思う。