会員のアンソロジー19・畠山義郎氏~
畠山 義郎 ハタケヤマ ヨシロウ
①1924(大正13)8・12②秋田③鷹巣農林学校林業科中退④「密造者」⑤『晩秋初冬』詩と詩人社、『雪の模様』秋田文化出版社、『赫い日輪』『色わけ運動会』土曜美術社出版販売。
大潟村の菜の花
菜の花や
月は東に
日は西に
無窮の天体
ひと握りの菜の花
一瞬の天地をうたった
江戸期の詩人
寒風山に稜線を引き
輝き堕ちゆく太陽
東の出羽丘陵に
しろい月がのぼる
無限にひろがる
村の菜の花
既に楕円型の南北は
日没の翳り
午後七時今日の最後の
鳶が舞う
江戸期の人を探ねるか
馬場 晴世 ババ ハルヨ
①1936(昭和11)10・23②神奈川③学習院大学哲学科卒④「馬車」⑤『いなくなったライオン』『ひまわり畑にわけ入って』土曜美術社出版販売、『雨の動物園』花神社。
闇の庭
夜半 目覚め
ひそかな雨の音を聞き
庭の闇を想う
その根を深い闇の中に延ばして
木々も眠るのだろうか
朝顔は夜の闇がないと咲かない
闇は太陽や雨と同じように
自然の植物たちを育てる
地中の水分とともに
闇を吸い上げた松の
蔭のある樹幹や濃い緑の葉は
夜の匂いがするではないか
闇を通って来たものが
開く花たち
深い闇を抱えたひとに魅かれる
浜江 順子 ハマエ ジュンコ
①1948(昭和23)12・29②鳥取③明治大学文学部史学地理学科地理学専攻卒④「地球」「hote l第2章」⑤『内在するカラッポ』『奇妙な星雲』『去りゆく穂に』『飛行する沈黙』思潮社。
天使のいる円天井
四人の天使たちは、彼の勃起を下方から支え
る。
勃起は完全なる円環を描き、ひとつのまやか
しと化す。
まやかしの勃起。
天使たちに弄ばれる、勃起。
いま、勃起は彼らの完璧な秘術に嗚咽する。
浜田 優 ハマダ マサル
①1963(昭和38)1・23②東京③上智大学経済学部経済学科卒④「歴程」⑤『同意にひるがえる炎』思潮社、『天翳』水声社、『ある街の観察』思潮社。
無人の星
花咲く腕が
ひとつの球体をつつむ
暮れかたの光は
白い裸体にもやさしい
うすく血を透かして
空へふくらむさざ波は
珊瑚の息づくまぶしい海の
入り江へつづいている
この空の彼方に いまも
満開の桜のざわめく星がある
地平線から沈まない夕日が
岩礁のへりを赤く染めて
けっして散らない桜の群れが
銀河からの風を研いでいる
そんな無人の星
浜津 澄男 ハマツ スミオ
①1943(昭和18)2・18②福島③郡山商高卒④「詩の会こおりやま」⑤『深い海の魚』グループ銀河系、『スープの沼』黒詩社。
アイスコーヒーと女
セパレーツの花柄の水着の女が、アイス
コーヒーを飲んでいる。長い髪の毛をかき上
げながら、ストローで少しずつ飲んでいる。
しなやかな足を組み、ゆったりした椅子に体
をあずけている。時々のぞく白い歯が、眩し
く輝いている。
女は退屈なのか、焦っているのか、スト
ローで四角の氷を、突っついている。カラカ
ラ カラカラ 氷とグラスの触れる音が、冷
たく響いている。突く速度が速くなり、スト
ローが鋭利な凶器に、見えてくる。
女は、アイスコーヒーを、すっかり飲んで
しまうと、サングラスをかけ、安楽な椅子の
上で、眠る姿勢をとっている。
グラスからストローが蔦のようにのびてき
て、花柄の女に巻きついている。シュルシュ
ル シュルシュル。アイスコーヒーの色をし
た蔦が、踊るようにからみついている。
サングラスの奥から、アイスコーヒーの液
体が、涙のように流れている。
早川 聡 ハヤカワ サトシ
①1957(昭和32)9・12②群馬③二葉養護学校高等部卒。
予言者の憂鬱
雨雲が近づくと
鳥たちは里山へ飛び去る
僕も子供のころは
空気の匂いで雨の気配を感じた
僕の左耳で風音がうなる
気温や気圧の影響で関節痛になるとか
そんな現象と似ていなくもないが
地震や飛行機事故まで予感できる?
1966年 航空事故
1985年 御巣鷹山
1995年 阪神淡路
2004年 新潟中越
記憶の糸はまだ途切れないが
積乱雲が黒く沈みだしても
稲穂が風にざわめいても
ウスバキトンボの群れが飛んでいれば
雨は降らなかった
林 立人 ハヤシ タツンド
①1933(昭和8)2・23②東京④「六分儀」⑤『ツェッペリン』詩学社、『棺応答集』『モリ』花神社。
棒のような
十三月の朝は鈍色 森は絵看板もどきに
失った表情を探そうともしない
ふっと頭上に気配を感じて
落ちかかるものを見上げ両の手で受ける
思いもよらず柔らかな鶏卵大の眼球だ
見てはならないものを見たばかりに
石になる噺は多い
まるいものが累々とある 流れるものの気配
がある
足の下を深々と流れるものは 水と限るまい
埴安の池の堤の隠沼の行く方を知らに舍人は
惑ふ (万葉集・二〇一=人麻呂)
乾いて いる 首のない鳥も 時も石くれも
千年の後には おびただしい雹が
一枚の森を裏表なく埋めるはずだ
流れるものはいささかの紆余曲折があろうと
棒のような直線であろう
白い蝶がゆく うねりに似た抑揚をつけて
林 嗣夫 ハヤシ ツグオ
①1936(昭和11)2・19②高知③高知大学教育学部卒④「兆」⑤『教室詩篇』自家版、『袋』書房ふたば、自選詩集三部作『花』『泉』『風』ミッドナイト・プレス。
空蟬――詩誌「兆」合宿句会より
〈べふ峡温泉〉
カナカナや「辛夷」の部屋に「椎」の部屋
谷底へ風呂入りに行く祖谷盛夏
空蟬のここぞと決めし草の先
沙羅の花落ち真二つに割れにけり
朝顔のつるの先から逃亡す
ムカデにも内臓がある 殺されて
楠大樹ひとは涼しき秘密持つ
空蟬やいのちは鬱をいだきつつ
〈クリニックで〉
脳血管 芭蕉の椎に似たるかな
愛すとはつひに仰向けの蟬のこと
林 洋子 ハヤシ ヨウコ
①1944(昭和19)3・12②山梨③文部省図書館職員養成所卒④「流」「潮流詩派」⑤『走り出す樹木たち』『杉の見た夢』『西新宿の欅』潮流出版社。
走る根
寒暖の差きびしく地味うすい地層ゆえ
成長遅く木目のつまった檜の森
木曽の西 赤沢の山肌をその根が走った
杣人たちの慟哭のもれる夜の山道を走った
急峻な谷を這いあがり 走りつづけた
幕府の伐採命を持つ追っ手から逃げ
留山 巣山 鞘山
「檜一本 首一つ」と言われた木の長い根だ
今でもその根は露出し山から山へ伸びていく
細い枝に十字対生につく鱗片状の小さな葉
密生した葉や枝のかさなりから
精油の芳香も根とともに走る
伐採あとの切株に芽生え育った根上り木や
保護されてきた三百年生の巨木がそびえ
さわらやあすなろの幼樹も育っている
赤沢の自然休養林で
かれらがさらに走っていく道に
わたしは遅い足跡をくっきり点けていく
原 桐子 ハラ キリコ
①1934(昭和9)1・18②茨城③日立二高卒⑤『鳥』『火喰鳥』『女面』詩学社、『女たちの島』『風街道』七月堂、『原桐子全詩集』夢人館。
そこへ入って行きたい
ほそく くらい道 身がひきしまるほど寒い
孤独が ふるえを伴ってついてくる
この国はいつからやさしさを失ったのだろう
敗戦の暑い夏 人びとは
新しい国造りが 生き殘った者の務めと
焼跡から立ちあがり 戦地から復員し
土地を耕し 大人も子どもも汗を流した
その人たちが 今 平成の世に
後期高齢者と言われ 生
点滴をしますか 余命は三ヶ月ですか
一ヶ月ですか 手術はしますか
七十五歳を前にして膵臓に怪しいものが
MRIで三ヶ月に一度 その大きさを測って
子や孫に迷惑をかけずに生きるには まず
MRIをやめ そして〈手術はしません〉と
色即是空空即是色と般若心経が説く
〈舍利子見よ 空即是色花ざかり〉
小笠原長生の句がまぶしい
空である色が花ざかりに
咲き 輝く そこへ入って行きたい
原 圭治 ハラ ケイジ
①1932(昭和7)7・13②和歌山③和歌山大学学芸学部卒④「詩人会議」⑤『火送り水送り』詩人会議出版、『海へ情』詩画工房、『地の蛍』編集工房ノア、『原圭治自選詩集』竹林館。
ひよどりの領分
夜明けの
まだ 判別できない程のひかりの時刻
何より早く 先取りするように
暁の冷気を切り裂いて飛来する
灰青色の体 ぼさぼさの頭 茶色の頰
長い尾を リズムをとるように動かし
羽根を拡げたり閉じたり
柔かな半弧の波形を連続させて
周囲
いちばん高い樹木のてっぺんに止まっては
鋭く尖った嘴
ピーッピーヨ ピーヨと笛のような高い音で
誇り高く 囀
毎朝 決って飛んで来るひよどりの生態は
夜明けの覇者に喩えよと云わんばかり
見下ろした地面に咲く冬の花々まで
うす紅色の山茶花と 白水仙の群れなどは
空の高みから
威圧の鳴き声に縮こまっているような
原 子朗 ハラ シロウ
①1924(大正13)12・17②長崎③早稲田大学大学院文学研究科中退④「同時代」⑤『石の賦』青土社、『加線の歎語』花神社、『文体序説』沖積社、『宮沢賢治語彙辞典』東京書籍、『筆蹟の文化史』講談社。
「先達」の歎語
少しのことにも先達はあらまほしき事……と
尤もらしくそう云ったのはあなただったな
名は兼好――どれでも好きという意味だ
俗名カネヨシをそのままケンコウと読ませ
ぬけぬけと多忙を徒然
草ぐさの文をその法名で書きため
連歌ふうにつづれ織りにして二巻に編んだ
あれはまれな長篇の批評詩だった
虚実雅俗も和も漢も今も昔もこれから先も
みんなでめいめいやろうと云うならわかる
ことしのBe ijing 五輪の「鳥の巣」も
日本人に設計させておきながら
共産したと隠してそのひとを招びもせぬ
そんな「先達」なんかいないがいい
ぼくらは弁慶のほうをよほど愛している
なにもかも「兼好」してはいけない
きびしく批評しながら先達の兼好でいこう
――二〇〇八・八・六、ことしのかたみに――
原 利代子 ハラ リヨコ
①1939(昭和14)7・25②静岡③静岡高校卒④「鹿」「現代詩図鑑」⑤『皿と星とFEMALEと』『笛吹き通り』『二千年の犬』花神社、『気楽な距離』書肆青樹社、『ラクダが泣かないので』思潮社。
耐える
ブラジルの大平原に生息する白蟻の
人の背丈をはるかに越える蟻塚の
ニョキ ニョキと
果てしなくニョキ ニョキと
その中の一つの蟻塚の たった一匹の白蟻よ
世界中の白蟻分の一はどんなだ
カムチャッカの海を泳ぎまわる真鰯の
数え切れないたくさんの群れの
ビワーン ビワーンと
海が真っ黒になるほどの一群れの
その中の たった一尾の鰯よ
世界中の鰯分の一はどんなだ
足に傷を持つ女は
少し哀しくて
少し陽気な女は
耐えているのだよ
詩人分の一に
患者分の一に
六十七億世界中のヒト分の一に
原子 修 ハラコ オサム
①1932(昭和7)11・13②北海道③北海道学芸大学卒④「極光」⑤『鳥影』北書房、『つがる』『未来からの銃声』縄文詩劇の会、『受苦の木』詩論書『〈現代詩〉の条件』書肆青樹社。
母
肉
一滴
陣痛を焼
己
わたしを
他人
酷夏
愛
しとど降らせまいらすひと
原田 勇男 ハラダ イサオ
①1937(昭和12)10・11②東京③早稲田大学卒④「舟」「THROUGH THE WIND」⑤『炎の樹』青磁社、『何億光年の彼方から』『炎の樹連?』思潮社。
水の中の年代記
水の中で揺れているのは すでに黄ばんだモ
ノクロームベタ焼きサイズの小さな写真 幼
児のわたしに 着物姿の母が寄り添って 川
をのぞきこんでいる 母は何を話してくれた
のだろう 多摩川の河原が広がっている 二
人の背後に乗用車が一台 まるで母が運転し
てきたようにさりげなく停まっている カメ
ラのシャッターを押したのは多分父なのだろ
う すでに失われた一枚の写真が 水の中の
年代記のように さまざまな記憶の断面をめ
くっている (この後 母は子宮外妊娠で苦
しみ 父は無意味な戦いに地獄を見た) 幽
明の垣根を隔てたのに 消滅した写真のディ
テールを魂のスクリーンで復元するように
父と母のさりげないくらしを いつのまにか
たどっているのに気づく 父と母から受け継
いだいのちの樹 何度も消滅してはよみがえ
る不死身の火 一枚のまぼろしの写真から
ふいにこみあげてくるものがある 時空を超
えて炎の樹を燃やせと励ます声が聞こえる…
原田 直友 ハラダ ナオトモ
①1923(大正12)12・15②山口③山口師範卒⑤『木かげのベンチ』国文社、『神さまと雲と小島たち』かど創房、『スイッチョの歌』教育出版センター。
すばらしい技術
大工の棟梁が
弟子に
「床柱を削っておくように」といって
出かけた
弟子は
心をこめて 鉋をかけはじめた
ところが 今日に限って
どうも うまくいかない
削っても けずっても
気に入らない
そのうち
棟梁が帰って来て おどろいた
なんと
鉋くずの山の中に
かまぼこ板ほどの木切れが一枚あったから
棟梁は高価な柱を一本損をし
弟子は すばらしい技術を身につけた
原田 道子 ハラダ ミチコ
①1947(昭和22)7・20②群馬④「鮫」「湖」「Vo iD」「セコイア」など⑤『うふじゅふ』鮫の会、『原田道子詩集』砂子屋書房、『カイロスの風』土曜美術社出版販売、『春羅の女』耕文堂書店。
あなない
低い木や草に見え隠れする「ホウアカ」の声
にんげんを怖れない雷鳥もいるという
そこ。まみどりの聖域の
円い形のゆらぎをぼんやりとみせるふるまい
銃弾よりちいさなイクサをしかけるからくり
〈身悶えする〉〈ふはり宙にうきあがる〉
そんな気がする するはずだから
「あなない」から妹を下降させようとする
月の「ひかり」の「おと」をきくだろう
二〇〇〇年に一度 みえてもみえなくても
いまを伝えなくてはと死者をうきあがらせる
かすかならせんの初期値だ 眠りがあさい夜
死者に語りつがせようとする
太古の夜にまでつらなる妹の水の記憶を
やがてやがて草や木のように語らなくていい
原田 麗子 ハラダ レイコ
①1946(昭和21)9・23②石川④「独標」「鮫」⑤『流水痕』『影面のひと』視点社、『眠らない水』書肆青樹社。
みなぎる朝
畑からきたばかりという
いまが旬のトマト
すこし欠けたおおきな器にならんでいる
直売の番をまつ母の手をふりきって
欠けた器に子供がたずねている
ここ
いたいですか
みずみずしい一瞬のしたたりを
目で聴けるのは しあわせもの
言葉をこえてあつまってくるものに
こころがたかぶる一日のはじまり
耳目を澄ましているものにだけ
朝が
ぐいっ とちかづいてくる
春木 節子 ハルキ セツコ
①1952(昭和27)9・1②東京③日本女子大学国文学科卒④「馬車」⑤『鎧戸』『悦郎君の憂鬱』『Nとわたし』。
包帯を ほどく
部屋は 霧が靄ったようだ
包帯は汚れている
うっすらと輪郭がみえる闇のなかで
それは白く 発光している
きつく巻かれた包帯を あなたがゆるゆるほ
どくと 布の重なりにできた ちいさな静脈
の瘤が痛い
踝のしたの 皮膚に覆われた患部は疼いて
嫌な匂いをはなっているが
あなたは ひらいたばかりの花弁に触れるよ
うに 踝のしたの あかく腫れたかしょを
そっと指でさわり 顔をちかづけて匂いを嗅
ぐ
熱した香油をたらしたように
あなたの指がなぞったあとは
皮膚の深部で傷が熟して
麝香のような 獣の臭い
坂東 里美 バンドウ サトミ
①1959(昭和34)2・6②大阪③関西学院大学大学院日本文学研究科博士課程後期修了④「Contra lto 」「蘭」⑤『約束の半分』『タイフーン』あざみ書房。
卒業式
雨上がりの朝だ 湿った土から けたたまし
いサイレンが鳴った後の漠とした耳鳴り ひ
な人形の台座の畳表の匂い 桜の木の灰色の
幹の虫こぶの濡れた表皮のむず痒い舌 信号
は黄色 横断歩道の白線が歪む クリック音
立ち上がる老人のズボンのたるみが流れて
側溝の水草に絡まる泡 「さもなければ」と
口の中の粘るビター・チョコレートの包み紙
の不条理な裂け目 ゴミ箱は投てきを避け
柱時計の振り子が文字盤に円を描く秒針に嫉
妬するとき アマリリスの水彩画の虫食いの
額縁が帰化しようとする 3年5組 起立。
坂東 寿子 バンドウ トシコ
①1931(昭和6)12・1②兵庫③武庫川女専卒④「花」「金木犀」⑤『夏の袖』根の花社、『桜夢』土曜美術社出版販売、『花の音』砂子屋書房。
キャラメル
蕾がゆっくりひらくように
ふるさとの山があらわれる
千米にみたないなだらかな稜線の六甲山
その山裾を父が
つづいて弟が小学生のわたしと姉が
緑の匂う木陰をハイキングしている
少し汗ばんでキャラメルを口に
枝を渡って行く小鳥のさえずりを聞きながら
弟はキャラメルをなめおわると
ぼくもう歩けないと座り込む
一粒もらってまた元気よく歩き出すのだが
小鳥も笑っているよと冷やかされ
べそをかいている
遠い日の若葉青葉の木の間隠れに
黄色い箱のミルクキャラメルが
こぼれた
日笠 勝巳 ヒカサ カツミ
①1931(昭和6)4・28②岡山③玉川大学通教卒④旧「詩の会・裸足」⑤『下流』裸足グループ、『荒磯 潮鳴る』『閑谷黌異聞』詩の会・裸足。
巨きな樹
六百年まえ ひとりの旅僧が錫杖をたて
ひとつぶの種子を埋めていった
大川の治水奉行が屋敷に植えた樅の木は
風の音に恐れた近所の住民が切る
住む人のいなくなった家裏の二本の欅は
他郷に嫁いだ末娘が金にかえる
霊苑の楠の大木も
コンクリート道を壊すと倒され
樹齢百年におよぶ木々は消えたが
その村に巨きな樹が立つ
天空に笠となってそびえる想念の樹だ
かの旅僧は唱えた「塔を立てよ」
白衣の舎にも山谷広野にもと
江戸時代二百五十年を禁教に押しひしがれて
衆は血と泥の屈辱にまみれても樹は枯れず
りゅうりゅうとした殉教の木骨となって
冬の夜も星辰に黒々と枝を張る
沙羅の木に似た大樹を夜明けに見る人がいる
日笠 芙美子 ヒカサ フミコ
①1942(昭和17)10・29②岡山③倉敷青陵高校卒④「舟」「EN」「ネビューラ」⑤『夜を充ちて』レアリテの会、『海と巻貝』砂子屋書房。
過ぎる
寝静まった夜の中を
貨物列車がやってくる
ゴトゴトと長い音をひいて
黒々とした影が
いま
わたしのなかを通り過ぎ
だんだんと遠ざかる
あとに残った静寂に
寝返りをうつ
闇がぎゆっと軋んで
車輪の音をたてる
風景のなかを
わたしも急いで過ぎるもの
ゆるいカーブで
いま
どこを通過したのだろう
東川 絹子 ヒガシカワ キヌコ
①1947(昭和22)10・20②福岡④「土星群」⑤『長針だけの時計』『ママは電子レンジパパは冷蔵庫』。
灰ひときれ 25
フラッシュバックしていく数十年前 あの三
井三池の夜
ジュラルミンの盾を持つ機動隊に取り囲まれ
スクラムを組む丸太の腕
突き出す岩の肩
サーチライトにまぶしく照らされた男たち
あれは生贄の姿だった
燃えて灰になった男たちの亡骸を
女たちは細長い箸でつつく
モノクロフィルムを少しづつずらして動かす
一枚一枚の鼓動
灰の中の無数の歯 灰の中の無数の喉仏
髑髏の眼窩奥深く 黒く光る一点から
過ぎ去った時がじっと見ている
シェルター化した坑道で
どこからきたのか
群生するゴキブリたち 群生するゴキブリた
ちは誰だ
東野 正 ヒガシノ タダシ
①1952(昭和27)8・16②岩手③東京農工大学農学部卒④「百鬼」「自知」「陽謡」⑤『つまづきながら』『空記』青磁社、『破破』点点洞。
解法
あれからの私は随分と遠くにきてしまった
私は逃げてきた
死から 詩から 言葉から
私からも
狂うしかなかった
死んだふりをするしかなかった
言葉を忘れたふりをするうちに
本当に忘れてしまったのだが
言葉が卑しめられる様を見つめてきた
誰の言葉も信じられなかった
自分の言葉さえ失って
欠けた自分を書くしかなかった
死と詩と私についての
無限循環思考を強制終了する
言葉からも私からも解放されるとき
無が私を介抱し
無に向かって私を開放するのだ
樋口 伸子 ヒグチ ノブコ
①1942(昭和17)3・3②熊本③早稲田大学第二文学部仏文科卒④「六分儀」⑤『夢の肖像』『図書館日誌』『あかるい天気予報』石風社。
夜のひこうき雲
一すじ二すじ ひこうき雲がのびて
夕ぐれは律義に待ちつづけている
九九を暗唱する小学生が二人
シチハチ・ゴジュウロクから進まず
交差点で空を見あげていたが
一人は虹を見たことないという
わたしの平凡な子ども時代は
雨あがりの空には平凡な虹が立った
(ヘイボンな田舎ヘイボンな都会って?)
二重の虹をくぐったり追いかけたり
この子らはいつどこでするだろう
日がくれても空には白い帯がいく本も
前の白い帯は広がり薄れまだらになって
くり返し見た記憶の天の川と重なる
遠くにあるミルキイ・ウェイ 誰と誰の
シチク・ロクジュウサン……
九九を覚えた子どもたちおやすみ
夜あけには白いミルクをのむのだよ
久宗 睦子 ヒサムネ ムツコ
①1929(昭和4)1・28②東京③旧制台湾高雄第一高女卒④「馬車」⑤『春のうた』山の樹社、『風への伝言』近文社、『末那の眸』土曜美術社、『鹿の声』本多企画、『薔薇薔薇のフーガ』潮流社、『千年ののち』『絵の町から』など。
それは いつか……
それは いつか 伝説と称ばれるものになる
だろう
大きな地震
この星の温度が高くなって 氷山がすべて融
けて渦を巻き
生きているらしいものは 僅かに空?だけに
なったとき
宇宙に打ちあげられて「きぼう」と名付けら
れた一本の葦から しきりにキイを打つ音
だけが描き出す混沌とした夜明け に
造化の神々たちが身をのり出して拾い集めて
おいた はじらいのレース状の衣ずれとか
光る玉状の こころ と鳴る気泡とかだけは
この星に伝わっていることが見えるだろう
神々にも理解出来ない それら不滅な破片は
仕方なく 永久 と名付けられて ひとつ
の耀く函に納められるだろう
小さな永久 も 大きな永久 も すべて
そんな事があったと そんな恋もあった と
何億年が過ぎても いちばん美しい伝説 と
称ばれて 消えないままに
日高 滋 ヒダカ シゲル
①1934(昭和9)6・11②大阪③定時制高校卒④「呼吸」「いのちの籠」⑤『床屋のメニュー』ほおずき書籍、『運動』文童社、『ペーパーマン』『ウイッグマン』『日高滋詩集』土曜美術社出版販売、『サイクルマン』行路社。
DADADA――秋の便り
働く者の〈自由の大地〉が
〈収容所群島〉になり
だだだ! だーん
地に落ちた旗の上を
あまたの車両が走りすぎ
もう何もできない
どこへも行くあてのない日々
世界のどこかで毎日
誰かが撃たれている
誰かが戸を叩き殴打されて
どんがらがひびく
駄々々惰々々堕々々
ダダイストになるしかない
クリーンクリーンクリーン
虹のサインポールを立て
「窓景」を書き留めることから
その風景の中へ乗り入れ
自転自助運動くり返し
だんだんと若返って
シャドーボクシングしながら
地球浄化運動へダッシュ
日高 てる ヒダカ テル
①1920(大正9)11・4②奈良③奈良県女子師範卒④「爐」「BLACKPAN」「歴程」「同時代」「火牛」⑤『めきしこの蕋』爐、『カラス麦』彌、『日高てる全詩集』沖積舎、『今晩は美しゅうございます』思潮社、評論『彷徨の
方向』『シュメールからの』。
ブロンズの靴
〈わたし こわいんです
〈わたし幽霊なんです と猪の鼻という武蔵
小山の靴屋の別荘の障子の外のQに
〈眠れないだけです〉と会田さん この「真
夏の夜の夢」は私がいけなかったのです。
日高さん/あなたの〈彷徨の方向を読んだ晩
は寝ぐるしかった/幽霊トハ私デアル/あの
せりふは鉄の括弧でかこんでおかなければな
らない/と。
会田さん 今はQと連れだって湖でない月天
への階段を登ってゆかれる姿が見えます
「ジャコメッティの〈広場〉のブロンズの靴
をぬがせ薬指でくすぐってクスッと……*」と
そのirony なあなたのやさしさが
ぞっとするほどやさしいのです でも
会田さん あなたはふしぎにも
靴を穿いていらっしゃらないのです
*「 」は詩人会田綱雄の詩
日原 正彦 ヒハラ マサヒコ
①1947(昭和22)6・5②岐阜③名古屋大学文学部国文科卒④「橄欖」「舟」「ERA」⑤『輝き術』詩学社、『天使術』花神社、『十字が丘駅で』砂子屋書房、『大欅』ふたば工房。
風を描く
絵筆に 水だけつけて
さあっ と
まっしろな 紙のうえに
風 だ
まなざしで 吹かれながら
まなざしで 描く
ゆれる 葉
ゆれる ひかり
ゆれる あなたの睫毛
ゆれる 声
ゆれる 「ゆれる!」
ゆれる ……
目を閉じると
闇のなかで 風は
しずかに かわく