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会員のアンソロジー

会員のアンソロジー2・阿蘇豊氏~

 阿蘇 豊 アソ ユタカ

①1950(昭和25)4・20②山形③桜美林大学国際学研究科卒④「布」「ひょうたん」⑤『窓がほんの少しあいていて』ふらんす堂、『ア』開扇堂。

 白い一本と紙のマッチ

ぼくの前にはティーカップ。その中のさめた
ミルクティーとスプーン。「DUG」と
印刷された紙マッチと「Dawa do ff」
と読めるタバコの白い箱。

ぼくの前にあるものは、それだけでは
ないのだが。見られることによって
生まれる「在る」という動詞。

いま、白い箱から白い一本を取り出せば
「ティーカップ。その中のさめたミルク
ティーとスプーン」は消え
「白い一本と紙のマッチ」
という記述が、つかの間在るだろう。

外は六月の雨。雷光の飛び交う彼方から、
暗い海に浮かぶブイのように瞬く光を
捉え、「見た」と記述され、つかの間
在るのか。おれも。

 麻生 直子 アソウ ナオコ

①1941(昭和16)12・16②北海道③凾館西高校卒④「潮流詩派」「流」⑤『霧と少年』潮流出版社、『現代女性詩人論』土曜美術社、『奥尻 駆けぬける夏』北海道新聞社、『足形のレリーフ』『女性たちの現代詩』梧桐書院。

 朝の丘

夏の朝の丘で 海を視ている人に逢った
津波は岬の山の上を超えてきて
その麓の集落ごと押し流したと言うのだ
なにもかもみんな持っていかれてしまった
妻も娘も息子も 弟夫婦も近所の人もみんな
俺は鉄の柵のようなものに摑まって
何度も波に曳っぱられたり叩き付けられ
だれひとり助けることもできなかった
四年たってようやくお医者さんに言われた
杖をはずして独りで歩く練習をしろと
まるで自分自身を罰するように
丘の小道の鉄柵に体を打ちすえ
声もなく泣く人にはじめて逢った
レモンイエローの月見草が咲く丘の斜面
その麓には新しい街が出現した
新しさが意味する傷跡を
あなたにわかってもらえるだろうか

春の水のような風が海から登ってきて
まだ たどたどしく歩く人を溶かし
島の輪郭を溶かした

 安宅 夏夫 アタカ ナツオ

①1934(昭和9)8・29②石川③慶応義塾大学文学部卒④「長帽子」⑤『シオンの娘』私家版、『ラマ タブタブ』長帽子、『火の舞踏』母岩社、『萬華鏡』沖積舎。

 天上への螺旋階段

その夜、私は
紀伊半島南端、潮の岬の巖頭に佇って
満天に犇いて星々が叫んでいるのを、
見、聴いた。ある星座は哄い、ある星団は
怒っていた。

核を手にした人類は、続発する局地戦争と戯
れている間に、天上の俺たちと別れることに
なるだろう。
多数者の恣意による政治は、民主という名の
専政を招来し、淫らな作者を罰して醇風美俗
の保持に努めよう。
多数決の暴政の効果は、天才を生む土壌を凍
らせ、水が湧く源を断つだろう。
精神の自由がなければ天才は出現しない。
もしも、今日の日本に天才が出ていないとす
れば、精神の自由が存在しないからなのだ。

降る星々の下で、私は、天上への螺旋階段を
素足で、すばやく昇っていった人々を見た。

 安彦 志津枝 アビコ シズエ

①1933(昭和8)2・6②福島③横浜平沼高校卒④「時間と空間」⑤『横浜ものがたり』美研インターナショナル、『妖精たちの通り道』レイ・ライン『舞い散った落葉』英訳(含・日本語)インターナショナル・アート・アソシエイション(ベルギー)。

 永遠について

病床に就いている友人は
ある日 わたしを呼びだした
〈永遠〉について語りあいたい と
友人は不治の病だった

半世紀も前 友人はわたしに
〈ゆめ〉という貴石を与えてくれた
わたしはその石を大事にした 友人はいつも
永遠は石のなかに宿る と語っていた
絶対に形が変わらないのは石だけだから と
僕が石だとしたら 君は雲だ と言った
年がら年中 気分が変わって僕を惑わすから
 と
雲になったわたしは幻の石を抱えて
それから一人歩きをはじめた
道に標はなかった
辿りつく所
その場だけが すべてだった

 油本 達夫 アブラモト タツオ

①1949(昭和24)9・13②富山③東京外国語大学英米語学科卒④「廻廊」⑤『海の見える街で』『渡河』花梨社、『ファーリン ゲティ選詩集』横浜詩人会。

 耐える時間

夕景が後退し、燃え残りの炎の芯のように遠
くとおく陽が遠ざかっていく。

約束のように、心の奥のさらに底の方から、
柔らかな、粘性をもった液体のようなものが
浸みだしてくる。ふれるとそのまま、形をく
ずしてしまいそうなそれは、しかし、抜歯の
あとに盛り上がってくる肉茎のような強さで
「かたち」になろうとする。

樹木の内部を駆け上がってほとばしる、もの。

結びあい、繋ぎあい、抱きしめあって、その
一切の記憶を内部にとどめ、それでもなお倒
れずに立って在ろうとする、意志の彼方へ。

今日もまた、ねぐらへ急ぐ鳥たちのひとしき
りの声を、聞いた。そのあとの、静寂と沈黙。
その果てのない暗やみの中へ、流れていく。

 安部 壽子 アベ ヒサコ

①1943(昭和18)3・15②青森③八戸高校卒⑤『はるののげし』文童社、『恋商人(こいあきびと)』私家版『手品師』『夢館』『禽獣賦』ダイニチ出版、『完全マーケット』檜書店。

 孤嶋さんのこと

孤嶋さんの葬儀の知らせが
電柱に張りついている
辿ると 喫茶店は斎場に
友人として署名する
心ばかりの香典は何処へ

孤嶋さんは知らない
流れついた街の
あのハンカチの木の下で
すれ違ったのかもしれない

名のある記憶にも署名する
気がつくと なんども切り岸に
立っている 坐っている
遠い嶋で手を振り続けたことも
長い長い あなたの孤の系図を
愛したのかもしれない
死んでから呼びとめる
葬送のかたち
珈琲を飲んで帰る 心ばかりの一日

 阿部 正栄 アベ マサエイ

①1948(昭和23)11・15
②福島③日本大学文理学部国文学科卒④「地球」「譬」⑤『模ラ イ型ト飛プレーン行機』「の」の会、『辺境』龍詩社、『父の晩秋』「譬」の会、『真空管ラジオ――スピーチバルーンがとんできた』「の」の会。

 妄言

月見草だけが花開く、密やかな場所。そこへ
歩みはじめると遠くて、夢だと愛の確かめの
ように近い。だからふたりは美しく結ばれた
まま辿り着かねばならぬ。
闇に際立つ花が、おんなの肌を流れる血のよ
うに天心に向って叫ぶ。いや新たな約束のよ
うに、また溢れる抒情のように、一斉に謳う。
私たちははかない魂だから、淋しいふたりだ
から、その花を摘む。風がでて、寂寥が深く
なってきたから、私たちだけのうたを口(ずさ)
ながら、恍惚のように花を摘む。花は花を摘
み取られることで、摂理を守り、増えつづけ、
月見草の月見草でない世界になる。
風説を沈め、倫理を脱ぎ、雫をまとい、情交
をくり返す。神に愛され、その世界に身を委
せ、戯れに死んだ真似をする。
いつまでも、その世界で怠けていると、やが
てふたりは動かなくなる。私たちは無名の愛
の永遠を送る。

 阿部 恭久 アベ ヤスヒサ

①1949(昭和24)1・27②岐阜③北海道大学歯学部卒④「生き事」⑤『身も心も明日も軽く』書紀書林、『生きるよろこび』『田のもの』風媒社、『恋よりふるい』『極東の仕事』思潮社、『瞬く旧惑星』。

 モダンをつづく、

個人が世界をする

1~13(略)
14

「日本に始めて本当の近代が来たといふこと
も云へるんぢゃないですか。」(昭和十七年、「近
代の超克」「座談会」における、中村光夫の発言記録の
一部。)

15~21(略)
22

旧惑星の一期として簡明に区切られるだろう

23

今日も青空に時報がなる
三男の、次女の、弁当を開けよう、

 天路 悠一郎 アマジ ユウイチロウ

①1930(昭和5)1・1②熊本③日本大学芸術学部文芸学科卒④「花」⑤『遙かなる岩のはざまに』思潮社、『影を焚く(抄)』四海社、『秩父行』『かたりべ変奏曲』『あとの祭り』思潮社。

 渡し場異聞

ものは考へ様といふ俗語がある
コーダレーン=APが伝へるところによると
米アイダホ州の市で
高齢者向け施設のすぐ向ひの建物が
葬儀場として利用されることになつた
これは市の委員会が許可したもので
施設の高齢者たちは中止をもとめ
さつそく署名運動を展開
葬儀業者は わざとこの場所をえらんだ
と言はれるのは心外だとコメントしてゐるが
一部の高齢者の間では すぐに あの世へ
ゆくのだから便利だ とも話してゐるといふ
両者の関係は 共存共栄とも チと違ふし
生者必滅の法則にのつとり
どちらかが先に変化(ヘげ)の煙を上げるか
ミイラ化したつて未来永劫とも限らない
自爆テロ頻発地域からみれば 三途の川の
渡し場だつて破壊されない保証は全くない

 網谷 厚子 アミタニ アツコ

①1954(昭和29)9・12②富山③お茶の水女子大学大学院④「白亜紀」「地球」⑤『天河譚――サンクチュアリ・アイランド』『万里』『水語り』『夢占博士』思潮社、『日本語の詩学』土曜美術社出版販売。

 浸食

真っ白く降る 柔らかな雨の音を聞きながら
平たいデジタル画面が映し出す 遠い都会の
風景を 滑らかに味わっている わたしも 
あの風景の中を 泳ぎ切ったことがある す
ばやい足の動きで 迷いもせずに 天を目指
して伸び続ける塔の 増殖し 林立するジャ
ングル 人は 空けられたほんの少しの空間
を 湧き水のように 流れていく あるいは
蜜を求めてさすらう 蟻のように 溢れなが
ら 重なり合いながら 二酸化炭素をまき散
らし いつか このささやかな営みを終わら
せる 大きなものを待ち望んでいる 加速す
る 不安 目減りする貯金 何も失わずに 
得られるものなど なにもないのに すべて
を手に入れようとする 欲深な わたしたち
高らかな笑い おいしい暮らし 一時しのぎ
のいやし 省略されていく言葉 さらに う
すっぺらになっていく からだと こころ 

 綾部 清隆 アヤベ キヨタカ

①1936(昭和11)7・25②東京③立正大学文学部国文学科卒④「日本未来派」「ZERO」⑤『蝶には道などいらない』北海詩人社、『傾斜した縮図』林檎屋。

 路地

しゃぼん玉がひとつ 弾ける 子どもの笑い
声が ひとつ消えて ひとつ また ひとつ
弾け 一日の路地は日暮れる

歩き疲れて休息したいが わたしには弾ける
しゃぼん玉はもうない いつかを最後にして
それは中空をさまよい続けているだろう

七月は生まれ月 また再生月であったが あ
の日 ひまわりのような玉は 女がくるりと
背を向けたとき 記憶の外へ弾き飛ばされ男
と女をつなぐものがたりは欠落し 傷む情景
だけが無言のまま沈澱している

そしていくつかの迂回する路肩を 踏み外す
たび わたしの綱膜は いちまい また い
ちまい剝がれ落ち やがて遺失物としてどこ
かに埋もれ ただいま不在の札が風にゆれる

あの路地に還れば しゃぼん玉ひとつ掌にの
せた少年の日の温もりがまだ残っていように

 綾部 健二 アヤベ ケンジ

①1951(昭和26)3・18②栃木③宇都宮工業高校卒④「東国」「詩風」⑤『工程』芸風書院、『静物の記憶』『ジオラマ』土曜美術社出版販売。

 虹

パッチワークのような都市の記憶

変身
ひとがひとそのものに
ぼくの中にある毒(ぼくは少年だった)

祭列
心をくくりつけて
ぼくはぼく自身を負わなければならない

骨片
そうぼくらは
オブジェとしての遠近を失っている

けれども 久しぶりの虹

 新井 章夫 アライ アキオ

①1935(昭和10)2・15②北海道③稚内高校卒④「核」等を経て現在「錨地」⑤『風土の意志』北書房、『わが風への夢想』北海詩人社、『北の明眸』黄土社、『飛ぶ樹木たち』彫刻詩集『北方空間』アイ書房。

 立ち上がる水のノマド

 みずの巣の石の舟が動きだす 石の舟は
 (つるぎ)のかたちをしている
 切っ先を折り 刃を落とし 刃こぼれのよ
うに 刻みを入れる 柄の五条の刻線が水平
になって立ち上がると 石の舟は〈知の柱〉
である
 柔らかな土の闇を石の舟はすべっていく 
すると世界は 銀のみずを吹き上げ 野も山
も 立ち上がる水の群落で彩られる しかし
この地上は 樹と呼ぶべきものは 一つも無
く 瑞穂というものも皆無である
 ただ 絶え間なく 水が立ち上がり 立ち
上がるみずが揺れている
 空をおおうみずの涛乱 みずの鳥が飛び交
い みずの花のかおりが 天地をみたす
 みずが立ち上がる みずの森のみずの枝が
刻々とかわるみずの樹間をつくる
 その銀いろのノマドに みずの鳥がとまり
鋭い叫びを上げる
 立ち上がる水のノマドに ひび割れる ビ
ルが見える

 新井 啓子 アライ ケイコ

①1956(昭和31)11・30②島根③京都女子大学文学部国文学科卒④「左岸」「山陰詩人」⑤『水椀(みずまり)』詩学社、『水曜日(みずようび)』思潮社。

 紙蜻蛉

 秋津島 むかし ものごとのはじまりが
小さな生き物や瑞々しい果物だったように
ゆるやかに言葉もはじまっていけばよいのに

閉め切った部屋や 高層ビルの谷間で
総毛立ち 吠えるだけ吠えて
追いつめられていく獣たち
戦いが終わってそこに獣の皮を脱いだとき
言葉はふたたび芽吹くだろうか
ころころと ころがっていくだろうか

公園では 紙製の色とりどりの蜻蛉が
ストローの先でバランスを取っている

歓声に後押され
羽を反り返すもの 尾を下げるもの
停まり場は 高くとも 低くとも
それぞれの居場所に

あっ とまった
とまったよ

 新井 正一郎 アライ ショウイチロウ

①1922(大正11)②埼玉③明治大学経済学科卒④「烏」⑤『秘唱』歐亜芸術社、『羅甸の夢』資料社、『領事館旗』八木書店、『タクラマカン越えるあたり』黄土社、『過ぎ去った日への』洛西書院。

 大湊

全く 凪いでいる
湾に
黒い小さな砲艦が一艘だけ

その砲艦の
〝にれ〟と書かれた白いペンキの文字が
妙に印象的な
ニレの木影の
静かな夕暮れの町角

セーラー服の水兵が一人
バスから降りて来る

 

 新井 高子 アライ タカコ

①1966(昭和41)5・18②群馬③慶応義塾大学文学部東洋史学科卒④「ミて」⑤『覇王別姫』緑鯨社、『タマシイ・ダンス』未知谷。

 シンブンカミサマ

川や線路や道路のほとりで火をたこオ
ヒッちゃぶいてまるめてサ、火をたこオ
メラメラと燃え入る文字はシンブンガミ、
シンブンカミサマが、ほら、立ちアがる

イイ加減ニシロ!
文字喰ッテ オイラハ神様ヤッテンジャ
ドースリャ嚙ミ砕ケルッツーノヨ?
奥歯ガ2本 欠ケチマッタヨ、
派兵ジャナクテ派遣ダカラ
自エー隊ハ、多コクセキ軍デスゾ、ッテナ
ネン金ノサルモレラガ 政治シ菌ナンダカラ、
大量破壊ヘ――器サガシツツ
大量破壊ヘ――士サラシテルノガ 復興死エ
 ン
窮状スル9条ノ苦情ハ駆除ナラ、休場シロ!
オカミナンテ、ドーゾドーゾ自コ責ニンデ、
ガ 本音ダロ?
チカゴロ オイラは慢性腹下シ、
消化不良ナ コトバ バッカデ

火をたこオ、シンブンカミサマを喋らせよオ

 新井 豊美 アライ トヨミ

①1935(昭和10)10・17②広島③上野学園大学音楽学部中退⑤『夜のくだもの』『草花丘陵』思潮社、『苦海浄土の世界』れんが書房新社、『女性詩史再考』思潮社。

 春の枝

木のように立つ と書いて
木のように立つことはできないから
木をまねて と書きなおし
それもどこか嘘らしく
書くことで木になってみる
というのがやや真実に近いとすれば
わたしはどんな木になればよいのだろう
どんな木のつもりで葉を繁らせ
どんな花を咲かせて実をつければよいだろう
木になるために人は
なにかを手放さなければならない
手放したものを風に乘せてやらねばならない
木と木の間に風が吹いている
人と人の間に見えない血が流れている
木を想うときわたしはわずかに空に近づく
小声で木の名を呼んでみる
イチョウ ケヤキ クヌギ ハナミズキ
答えるように伸びてゆく春の枝
そこから軌道が引かれている
空の
開かれている方角へ

 荒賀 憲雄 アラガ ノリオ

①1932(昭和7)9・4②京都③京都学芸大学一部国文学科卒④「ラビーン」⑤『霧の中に』文京書房、『落日の山』ナカニシヤ出版、『山巓記』洛西書院、『原郷蒼天』土曜美術社出版販売。

 玉門関

臣願わくは
生きて再び玉門に入らんことを――
あの年老いた班超が望んだ
白亜の砦は

南数里を隔て
天を摩す赤紫色の烽火台を屹立させた
陽関を従えて

淫靡な形の穴を
西に向けて開いていた

生きもののけはいとてない
このはてしなく流砂の続く
死の世界に構築された
壮大な生のパノラマが

中華数億の人々が繰り広げる
媾合の大地の涯に
聳えていた

 荒木 元 アラキ ゲン

①1952(昭和27)10・20②北海道④「地球」「ガニメデ」⑤『孤独のとなり』鳥影社、『バザールの雪 黄金の風』思潮社、『砂浜についてのいくつかの考察と葬られた犬の物語』亜璃西社。

 静かな風景

眼下の街
半島の日ざし
遠く
ごみ焼却場の煙突から
白い煙がまっすぐに立ちのぼり
風景に貼りついていた

煙は空めがけて立ちのぼっていたが
ある高さまでゆくと見えなくなった

くるしい時間が胸を下る十二月
すべてが嵌め絵のように静止していた

生きているものすべてが吸い上げられて
空は晴れわたっていた

 荒木 忠男 アラキ タダオ

①1925(大正14)12・3②広島③無線電信講習所高等科(現・電気通信大学)卒④「帆翔」「火皿」「ネビューラ」⑤『荒木忠男詩集』近文社、『黄まだらのメモリー』みもざ書房、『夕日は沈んだ』書肆青樹社。

 冬立つ風

月の利鎌に切り立つ孤影
人の心とは
薄ら寒く
無性に腹立たしい
闇に包まれた虚の苦い唾を
羹を啜るように呑みこみ
風にささくれ行きくれて
襤褸の緞帳を
個我に放下する

じっと眠れないで
屈みこんでいる弦月
異界へ誘う
賽の河原には
冬立つ風のさやぐ
枯れ葦の音
なにものかの
白き影の走り去り

 荒船 健次 アラフネ ケンジ

①1943(昭和18)2・2②神奈川③国学院大学文学部文学科卒④「木偶」⑤『うぐいす』木偶詩社、『テキサスのワニ』成巧社。

 花

卒啄ではないが
種が殻を割る
根は土を刺し
枝は皮をはじき

そうして呼び出され
スタートダッシュ

トップギアで上り詰めるギリギリの意思を
花 と呼ぼう

花はこの瀬戸際を歓びの形と色に変え
己を開く

この化身の不敵なエゴ

花は狭量ではない
大地が授ける存在に感謝を忘れない


春は世界と慶びを分かち合う季節

 有馬 敲 アリマ タカシ

①1931(昭和6)12・17②京都③同志社大学経済学部卒④「どぅえ」「呼吸」⑤『薄明の壁』書肆ユリイカ、『贋金つくり’63』『海からきた女』思潮社、『島』砂子屋書房、『洛中洛外』思潮社、『現代生活語詩考』未踏社。

 真理

ひとはすべて死ぬ
海千山千の政治家も
ほしいままに恋に生きる若い男女も
ついには骸骨のかけらになる

けさ 気むずかしい哲学者が
やさしい老妻に看取られて息絶えた
ゆうべ 精悍な兵士が
病んだ娼婦の刃で刺し殺された

救いの神はいるのか
正義の戦争はあるのか
霊魂は不滅なのか
うっそうとした森を歩いてただしてみよ

 安藤 一宏 アンドウ カズヒロ

①1947(昭和22)7・17②山梨③東京農業大学農芸化学科卒⑤『孤独の谷間で』木犀書房、『夢の原型』サンリオ出版、『燃えない木』乾季詩社。

 かなしみ

かつて私の好きな詩人は
青い空におとし物をしてきたと
かなしみの詩を綴った

私にも五十年以上生きてきて
沢山のかなしみがあるが

どれも大切にしまい込んで
青い空にも 深い闇にも
落としてはいない

医療が進歩しても一度きりの人生
そんなにかなしみは大切か

そっとしまい込んだかなしみは
だんだんぼんやりと薄らいではいるが

沢山になるほど
透明に輝き
そっと開けてご覧 私のパンドラの箱を

 安藤 元雄 アンドウ モトオ

①1934(昭和9)3・15②東京③東京大学文学部仏文科卒④明治大学名誉教授⑤『水の中の歳月』『わがノルマンディー』『フーガの技法』思潮社。

 一輪車で遊ぶ少女

一輪車で遊ぶ少女は 並び立つ集合住宅の
棟の間を漕ぎ出して
日溜りへ
枯枝の影と 落ち葉と ?瓦の目地の
入り組んだ網目の中へ乗り入れる
バランスをとろうと腕をひろげ
細い背中をよじるとき
うなじが一瞬 光を撥ねる

眉のあたりに力をこめて
人声のない 乾いた広場を
二度めぐり 三度めぐり
まだ描かれたことのない軌跡をなぞりながら
その糸を遥か遠くまで伸ばしてやる

時も日差しも移らない 束の間のこと
もっと大きな傾きに誘われるように
彼女はひたすらペダルを踏み
影を踏み
自分だけの回転木馬を黙々とまわし続ける

 飯島 幸子 イイジマ サチコ

①1934(昭和9)9・9②静岡③実践女子短期大学国文科卒④「驅動」「地平線」⑤『花は道しるべ』宝文館出版、『真夏のしもやけ』土曜美術社出版販売。

 猫の喧嘩

猫も お腹が空くと喧嘩が始まるようだ

猫が二匹 家の中を走り回っている
昨年 ひと回り小さい方の猫が
耳の後ろの皮が裂けて
縫合手術をしたのに
性懲りもなく
喚きながら 互いに片手を振り上げている
疲れると 睨み合いになる
顔を 五センチ程までにつき合わせたまま
動かない
その真剣な目つきは何とも滑稽だ
大きな声で怒鳴っても
そんな言葉や 音には全く動じない
 まんまだよー
その一言に
喧嘩のことなど 瞬時に忘れて
二匹は
肩を並べて
廊下を走って来る

 飯島 正治 イイジマ マサハル

①1941(昭和16)9・23②神奈川③日本大学芸術学部文芸学科卒④「花」⑤『帰還伝説』鶴見工房、『無限軌道』風社、『三日月湖』花社、『朝の散歩』風心社。

 流氷

シベリアの捕虜収容所に送られて
六十年も消息が分からなかった父親が
突然パソコンの画面に
カタカナだけになって現れた
帰還した一人がこつこつ調べた死者名簿の
四万六千人の一人だった
名簿にはアムール川の名を冠した下流の町に
埋葬されていると記されている
死亡日は重労働を続けて三年後の冬の日
同じ収容所の多くの仲間も春を待てなかった

二月に北海道紋別へ行った
海沿いの山からオホーツク海を望んだ
流氷が白い帯となって沖を埋めている
間宮海峡に注ぐアムールの水が海水を薄めて
蓮の葉の形をした流氷になるのだという
北風が吹いている
やがておびただしい数の氷の葉が
折り重なって海岸を埋め尽くすだろう
凍ったアムール川の底の
わずかな水も海峡をめざして這っている

 井奥 行彦 イオク ユキヒコ

①1930(昭和5)10・21②福岡③岡山大学教育学部卒④「火片」⑤『紫あげは』『サーカスを観た』手帖舍、『しずかな日々を』書肆青樹社。

 明日からなにかが

雪の晴れた日の夕焼けほど綺麗なものはない
積み上げられた廃車も
盛り上げられた砂利の山も
雪は羽の天幕で覆い

遠い山脈の頂上が三色ほどに夕焼ける
堤の傾斜では
枯れた穂先たちがアイスキャンディのよう
小鳥の渡った枝々が裸になって――

まどろんでいた水が何か月も(とど)めていた
石垣の泡を持ち去り ときに
透明な(はえ)
かなにかが
流れと競って橋の下をくぐり

雪の晴れた日の夕焼けほど心癒されるものは
 ない
本当はかぎりなく陰鬱な時代なのに
明日からなにかがあるように思われて

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